咲良ひより — 第2話

第2話 ー 1

「ヒヨリさん。おはようございます〜……」

「……」


 名前を呼ばれて、徐々に意識が覚醒する。

 あれ、もしかして私……寝てた?


 パチッと勢いよく目を開ける。

 すると視界にワタル先生の姿が入ってきた。


「ヒヨリさん、おはよう」

「ワタル先生……私、何で寝てるんでしょうか。……って、てか!!」

「ん?」


 ふと、現状に気付く。

 私、ワタル先生の膝の上で寝てる!?


「えっ、え!?」


 どういう状況!?


 思わず焦って飛び起きる。

 当のワタル先生はニコニコと楽しそうな表情をしていた。


「ヒヨリさん、“瞳はオレンジ色になった”んだね」

「……え、“なった”って何ですか。“元々この色”じゃないですか。変なことを言いますね」

「ふふ、そうだっけ?」


 不自然なその言動に、思わず首を傾げる。

 それと同時に、私のおなかにいる腹の虫が盛大に鳴き始めた。


「………」


 なかなか鳴りやまない音。

 その音に顔を真っ赤にすると、ワタル先生が笑いながら口を開く。


「ぐりゅりゅりゅ~……」

「ちょっと、口に出さないで下さい!」

「凄い音だね、今まで聞いたことないよ!」

「恥ずかしいですって!!」


 そういえば、最後にご飯を食べたのっていつだっけ。

 昨日も今日もここで“ご飯を食べた気がする”のに、何をどこで食べたのか、一切記憶が無い。


 おなかを押さえながら首を傾げていると、笑っているワタル先生に肩を叩かれた。


「よし、一緒にご飯を食べに行く?」

「え、ご飯!! 行きます! あ、でも。先生授業は?」

「何を言っているの。もう放課後だよ」

「……放課後!? 私、勉強しました!?」

「寝てたじゃない。今の今まで」

「確かに!?」


 いつから寝ていたのか、その記憶も無い。


 私、何で記憶が無いの?

 経験したことのない妙な感覚に、少しだけ違和感を覚えた。


「ほら、食堂行くよ!」


 だけどその反面、そんなこと気にするのも何だかバカバカしく感じる。


 とりあえず今は、ご飯を食べよう。

 美味しいご飯。アツアツご飯。


「………」


 美味しい……アツアツ?


「どうしたの、ヒヨリさん。食堂に行こうよ」

「……食堂の場所って、どこでしたっけ? ていうかお金は!? 私、お金すら持っていない!!」


 ていうか昨日までどうしていたっけ?

 まさか私……無銭飲食!?


 “何を食べたか覚えていない”けれど、昨日も今日も“何かを食べた”気がしている。

 でも食堂の場所が分からなければ、お金も持っていない。


 私……どうしたんだろう?


「……」


 まただ。

 ご飯で紛らわそうとしたのに、また少しだけ違和感を覚え始めた。


「………」


 妙な感覚に、血の気が引いていく。

 ワタル先生は青褪めた私の顔を覗き込みながら、ニコッと微笑んだ。


「………お金の心配はいらないよ。“その制服を着ていればご飯は食べ放題”でしょ。1日3食。おやつも食べ放題! 忘れちゃったの?」

「あ……食べ放題……。そうでしたっけ?」

「そうだよ。それに食堂の場所も“覚えていない”なんて、珍しいこともあるね。……今日のところは僕についておいで」

「……ありがとうございます。……私、何で忘れているんだろ………」


 困ったように眉を下げながら微笑んでいるワタル先生に、そっと背中を押されて歩き始める。


 覚えている気がするのに、何も覚えていない。


 大体私、何で “衣装室” でワタル先生の膝の上に寝ていたのだろう?

 その経緯すらも全く覚えていない。


 何でだろう。




 《私、ずっとこの学校の生徒で、“昨日も普通に生活をしていた”のに、どうしたんだろう》

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