笑顔のレクイエム 〜いつまでも、あなたの隣で〜

海月いおり

咲良ひより — 第1話

第1話 ー 1

(side 咲良ひより)




「ようこそ、天乃岬あまのみさき学園高等学校へ! 君が今日の入学生?」

「えっ?」

「歓迎しよう! 今日は君1人だからね。盛大に入学式を執り行うよ!」

「えっ、え?」


 目の前にはパステルカラーの風景に良く映える、真っ白な校舎がそびえ建っている。


 ピンク色の空に、水色の雲。山は……むらさき?

 今まで見たことのない風景に、頭がクラっとした。


 大体、ここはどこ?

 私は何故、ここにいるのだろう。


「さっ! 制服も着替えて!! ここの制服は可愛いと、女子生徒から大好評なんだ」


 薄い灰色のスーツを着た若い男の人に背中を押され、真っ白な校舎の入口へと向かう。

 靴箱の前には淡い黄色の制服を着た同い年くらいの子たちが、楽しそうに雑談をしていた。


(……ここ、本当にどこ?)


 私は東三隈ひがしみすみ高等学校の1年生、咲良さくらひより。

 部活は美術部で、イラストを描くのが大好き。


 それこそついさっきまで、美術室で好きなマンガのキャラクターを描いていた。


 皆でワイワイと活動をして、同じ美術部の同級生、白崎しらさき蓮斗れんとくんと一緒に帰って……。


「………」


 帰って…どうなったんだっけ。


 その先が思い出せず、ついその場に立ち尽くす。


 大体、天乃岬学園高等学校って何?

 1度も聞いたことのない学校名、更には入学だなんて。


 意味が分からないにも程がある。


 固まって動かなくなってしまった私に気付いたスーツの若い男性は、困ったように眉毛を下げて、私の顔を覗き込んできた。


 この人、良く見ると目が真っ黄色だ。

 見たことのない瞳の色に、少し恐怖を抱いた。


「大丈夫? 急なことでビックリしているよね」

「……」

「僕は、ここで教師をしているワタルって言うんだ。入学者の案内も僕の担当なんだけど、みんなそんな感じ。最初にここへ来た時は、みんな君みたいな顔をしているよ」


 ニコっと微笑み、また歩き出すスーツの若い男性……ワタル先生、という人。



 ワタル先生に付いて校舎内に入る。

 中は私が良く知っている、“普通の色”をしていた。



「……」


 きっとこれは夢だ。

 私は夢を見ている。


 そう思い、自分の頬を強く捻った。


「……痛い」

「どうした?」


 捻った頬はちゃんと痛かった。

 どうやら夢ではないみたい。


 ゆっくりと頬から手を離し、その手を視界に入れる。

 すると、先程まで無かった“赤い何か”が付いていた。


「えっ!? 何これ!?」


 赤い液体……え、血?

 再度自分の頬に触れると、より一層手に付いた。


「あ、君は顔を怪我しているんだ。傷口から流れている血だよ」

「な……何で。……今の私って、顔面血まみれってことですか?」

「いや、血まみれって程では無いけど。でも大丈夫。“うちの制服”に着替えたら“傷口もその血も無かったこと”になるから」

「……え?」


 ワタル先生の言っている意味が全く分からなかった。

 容量の少ない頭をフル回転させ、今置かれている現状と共に、着替えたら傷と血が消える原理を考える。


 だけど……やっぱり、意味が分からない。

 前者も後者も、理解不能。



 暫く校舎内を歩き続けると、ワタル先生はある部屋の前で止まった。


 教室プレートの掛かっていない部屋。

 その部屋の扉を開けると、莫大な量の淡い黄色の制服が視界に入ってきた。

 ズラリと並んでおり、ウォークインクローゼットを彷彿させる。


「僕は廊下で待っているから。自分に合うサイズを選んで着替えて! 脱いだ服は右奥にあるカゴに入れておいてね」

「……は、はい」

「あ。あと、大事なこと言わなくちゃ」

「?」


 ワタル先生は部屋の扉に手をついて、真剣な顔つきになった。

 そして、真っ黄色の目に力を入れて……耳を疑うような一言を口にする。


「その制服を着ると、“今までの記憶”は全て消えてしまう」

「………え」

「でも大丈夫。“今までの君”のことは僕が覚えているから。最後、“君がここを卒業する日”が来たら、その時に“消えてしまった記憶”は全てお返しするよ」

「………どういうことですか」

「ふふっ、理解できなくて当然。ただルールとして言わなきゃいけないんだ。だから、あまり気にしないで」


 本当に、意味が分からなかった。

 大体、何故私はここにいるのか。何故顔から血が出ているのかという疑問すら解決していないのに。


「また会いましょう。“咲良ひより”さん」

「……待って、まだ聞きたいことが……!」


 ニコッと優しく微笑んだワタル先生は、静かに部屋の扉と鍵を閉めた。



 

  ガシャン───……




 ……閉じ込められた。



 本当に、本当に意味が分からない。

 急展開過ぎて頭が追いついていないけれど……。ここは大人しく着替えるしか、先に進む手段は無さそう。



「……言われた通り、着替えるしかないか」



 東三隈高校の制服はブレザーだ。

 女子は赤いリボンに、チェックの赤いスカート。紺色のジャケットに良く映える。


 でも女子はリボンだけではなくて、男子のネクタイを締めることも許可されていた。




 だから私は、ネクタイを締めていた。



『チェック柄のえんじ色のネクタイ』



 しかも。……同級生、白崎蓮斗くんの、ネクタイを。




 さっきまで一緒に帰っていたはずの蓮斗くん。

 実は私の彼氏だ。


 美術部で出会い、好きな漫画やアニメで意気投合。

 その後、自然とお付き合いを始めた。


 そんな蓮斗くんが使っていたネクタイ。

 2本持っているからということで…ずっと私が借りて使用していたのだ。


「……本当に私、どこに来てしまったのだろう……。蓮斗くん……」


 そんな不安をつい漏らす。

 けれどその呟きは誰にも聞こえない。


「……脱いだ服はカゴに入れてって言われたけれど。ネクタイは持っていても良いよね……」



 ここの淡い黄色の制服。

 セーラー服のような、でも違うような……。あまり見たことのないデザイン。


 着てみると意外に着心地が良くて、何なら可愛いまである。


「意外と、似合うじゃん……」


 そう呟きながら、着替えた制服のポケットに蓮斗くんのネクタイを入れて、それ以外の服をカゴに入れる。



 その瞬間、何だか急に意識が朦朧とし始めた。



「……な、なに? 頭が痛い……!!」



 何の前触れもなく急変する体調。

 立っていられないほどの頭痛と眩暈に襲われ、徐々に消えて行く沢山の思い出たち。




 東三隈高校って……どこだっけ。


 友達の……あかりちゃん…って、どんな人だっけ。


 好きなアニメって……


 私の趣味って……


 好きなご飯って……




 大好きなお父さん、お母さん……。

 


「蓮斗くん―――……」



 走馬灯のように沢山の思い出が過り、そして消えて行く。




(ダメだ、意識が飛びそう……)




 意識が無くなる寸前、ワタル先生が部屋に飛び込んでくるのが見えた。

 けれど、私の意識は持たない。




「“咲良ひより”さん、またね」




 意味が分からないワタル先生の言葉を最後に、私は完全に意識を失った。

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