第88話

短い呼び出し音の後、



『もしもし、桐生君?』



希美はすぐに出てくれた。



「希美! 今すぐに貴重品と着替えをまとめて出る用意をしろ!」



『え? どういうこと?』



「その部屋、多分盗聴されてる!」



『え!?』



電話の向こうで、希美が困惑しているのが分かる。



「余計なことは言わずに、とにかく荷物をまとめておけ! 今から俺が迎えに行くから!」



『わ、分かった……』



通話を切り、全速力で希美のアパートまで走った。



2人のやり取りがここまで筒抜けているとなると、盗聴器を仕掛けられているとしか思えない。



あの男なら、やりそうだ。



頼斗がアパートに着くと、既に希美が通学鞄と旅行用のキャリーバッグを持って玄関の前に立っていた。



「桐生君!」



困惑した表情を浮かべる希美の手から、大きい方の荷物をさっと奪い取る。



「行こ」



希美の手を引き、



「タクシー呼んだから」



賢祐との鉢合わせを避けるため、駅とは反対の方向へ向かう。



「なんで……どこに行くの?」



「さっき、あのクズと駅に向かう道の途中で会って……俺たちの会話、全部筒抜けてた」



「ケンちゃんが……?」



希美の顔が、サッと青ざめる。



「確証はないけど……念の為、今日は俺ん家に泊まって」



「急に行ったらご迷惑じゃ……」



「いきなり唯が泊まりに来ることもあるし、そういうのは慣れてるから」



犯罪の香りがするあの部屋に、希美1人だけを残してはおけない。

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