第70話

「あ……いただきます」



緊張で喉の乾きを覚えた頼斗は、目の前のコーヒーを一口飲む。



「……」



角砂糖とミルクをたっぷり入れたのに、それでも紅茶派の頼斗には、コーヒーの良さがよく分からなかった。



「もしかして、コーヒー苦手だった?」



頼斗の表情をずっと窺っていた希美が、恐る恐る訊ねた。



「いや、あの……飲み慣れてないだけだから」



結局は、正直に話す羽目に。



「無理しなくていいよ。ごめんね」



希美が寂しそうに笑うので、頼斗の胸はますます締め付けられる。



「……梅本はコーヒー派なんだな」



正直、意外だと思った。



「彼がコーヒーが大好きで、合わせてるうちに飲めるようになったの」



「……」



聞きたくなかった希美の彼氏の話題に、頼斗は黙ってしまった。



「……同棲してるの?」



聞きたくないはずなのに、聞かずにはいられなかった。



部屋のあちこちに男物の私物が置かれていて、完全な一人暮らしではないことが窺い知れたから。



「ううん……彼がよく泊まりには来るけど、私の一人暮らしだよ」



「……っ!」



“泊まりに来る”という言葉に、頼斗の胸が今までにない程、強く痛んだ。



頼斗の入り込む隙など、最初からなかったのだと思い知った。



2人の想いの詰まったこの部屋で、自分は一体何をしているのかと、惨めになってくる。

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