第15話

「イルナの傷の具合はどうだ?」


 俺が医師に尋ねると真面目そうなメガネをかけた医師は言った。


「傷は塞がっておりますが、違和感はなかなか取れることはないでしょう。特に季節の変わり目や気候変動で痛みがぶり返すことがあります。今後の生活はご無理をなさらず安静にお過ごしください。心配なことがあるとしますと、今後お子を出産される際に傷が痛むことでしょうか。お覚悟をもって望まれる必要があります」


「そうか…」


 イルナは傷が塞がり、リハビリも兼ねて部屋の中をメルルに支えられながら歩く訓練を今しているが、元々の優雅な歩行ができるようになるにはまだ時間が必要だった。新年会での即位と同時にイルナとの婚姻もとりおこなうことが決まっているため、イルナには酷だが一刻も早く元通りの所作ができるようになってもらわないとけない。それはイルナ自身が一番よくわかっているため、いつも額に汗を滲ませながら歩行訓練、お茶の飲み方、ちょっとした所作を再度習得すべく頑張ってくれていた。


「アベル。俺にできることはないものか。イルナには酷なことをさせているようで苦しいんだ」


「ディオス様のお気持ちはわかりますが、こればかりはイルナ様の頑張りを陰から応援するしかないかと思います」


「そうか…」


 今日も仕事を途中で抜け出してイルナに会いに行くと、彼女は丁度歩行訓練中で、頭に本を乗せて歩いている最中だった。


「まあ!ディオス様!お仕事は?」


「少し抜けてきた。多少なら大丈夫だろう。それより傷の具合はどうだ?」


「もう寛解いたしました。まだ真っ直ぐは歩けませんが、新年会までには間に合わせますので。おまかせください」


 その健気さに涙が滲む。そっと抱き寄せて頭を優しく撫でるとイルナはスリと頭を胸に擦り付けて甘えてきた。今までこんなことはなかったが、傷が回復すると同時に俺に対して素直に甘えるようになったのだ。どうも、いつ死ぬか分からないのなら、生きているうちに沢山俺に甘えておきたいのだという。

(俺のために危険に晒されて…本当に申し訳ない)

 俺ができるのは彼女の努力に報いるためにも賢王となり、王国を繁栄させることだけだった。


 だが最近また反イルナ派の者たちが口を出すようになっていた。

 イルナの容態には緘口令がしかれていたが、それでも情報は漏れるもの。

 イルナがリハビリが必要な身体になっていると知った者達が、それでは妃が務まるはずがないと言い出したのだ。新たな一派として台頭しているのが隣国の第3王女シェーラを妃にとおす一派だった。有力貴族達がこれにこぞって賛同し、実際隣国から第3王女を娶ってほしいと打診がきた。

 だが俺はイルナ意外と婚姻する意思はなく、イルナが妃とならない場合、妻を娶る気はないと正式に表明したのだ。

 だがそんな言葉に怯む彼らではない。そうは言っても国を存続させるためにも妃は必須。イルナを弑し、シェーラを王妃に据えようと動く輩も出てきた。

 そのため、昼夜問わず、信のおける者にイルナを警固させ、俺も頻繁にイルナの様子を見るために通っているのだ。

 できればこの話をイルナの耳に入れたくはなかったが、知らないことは危険が増すということ。自衛するためにもイルナに真実を話し、妻はイルナ一人であることも伝えたのだ。


「ディオス様。ありがとうございます。私にできることはその期待に応えるべくリハビリを頑張ること。シェーラ王女をおす一派が口出しできぬ程回復してみせます」


そう言って微笑んでくれた。

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