第12話

それはいつも通り執務をしている時のことだった。

血濡れの看護師が走り込んできて告げた。


「イルナ様が自害なさいました」


「…?なんだ?」


完全に思考が止まっていた

”イルナが自害した”


「はは。だってイルナは今必死に記憶を取り戻そうと…」


「それが、私共がイルナ様を害するものを制圧している隙を見て反イルナ派の者がティナ様のことを告げて、記憶を完全に取り戻したイルナ様が殿下への懺悔を書き残して自害なされたのです」


血まみれの紙切れを手渡される、そこには見知ったイルナの文字で”おしたいしておりますディオス様”そう書かれていた。


「イルナはどうなった?」


「お亡くなりになりました」


気がついたら走っていた。アベルが止めるのも聞かずに一人でイルナの元へ走る。その時だ。突如足に激痛がはしる。

咄嗟に柱の影に身を隠したが足を見ると狙撃されていた。

相手は手練の者らしく気配を全く追うことができない。

今は一刻も早くイルナに会いにいきたいのにこの柱から一歩でも出たら死ぬ。そう直感が告げていた。


「殿下!!」


その時追いかけてきたアベルが柱から出そうになったのでとっさ叫んだ。


「来るな!狙撃されるぞ」


するとアベルは鏡で敵の一を特定しようとしたがその手鏡が狙撃される。


「ダメです。隠遁系の魔術を使っている手練のようでここからも特定は難しいです」


打つ手なしと舌打ちしていると、テオが狙撃がされている方角に向かって走り出していた。


「テオ!ダメだ」


だがテオは巧みに銃撃をかわし、あっという間に狙撃手を捻り上げた。殺さず犯人を吐かせるつもりだろう、両腕を折って口には猿轡をはめていた。


 警備兵たちが駆け寄ってきたが今は誰が信頼できるものかわからない。このまま狙撃兵はテオに任せて俺とアベルはイルナの病室に向かった。

そこは血ぬれになっており、メルルが肩で息をして満身創痍で立っていた。


「状況は!」


「反イルナ派1名が看護師のふりをして毒を仕込もうとしていたところを捕縛。その際仲間2人が切り掛かってきたためやむなく3名を抹殺しました」


「メルルよくやった。イルナ。無事か?」


死体が転がる病室でイルナは震えることなく毅然とした態度で座っていた。


「ディオス様。私は今までのことを思い出しました。そしてこの者たちの顔も見覚えがあります。ワグナー伯爵家の筆頭メイドです」


「ワグナー伯爵は確か中立を保っていたはずだが。なぜこのような凶行に?」


俺がつぶやくとイルナは言いにくそうに話し始めた。


「実はワグナー伯爵は何度もお父様に私を娶りたいと申し出ていたのです。ですが私は最初から王太子の婚約者になることが決まっていた身。伯爵であるワグナーが私を娶ることなど出来はしなかったのです。それでも諦めずワグナーは私を待ち伏せたり贈り物をしてなんとか私の気を引こうとしていましたが、私はディオス様一筋。諦めかけたその時、私が記憶喪失になったと言う情報がワグナーに知れて、彼が私の恋仲にあったと言いに来たのですが、私が拒絶しため、手に入らないなら殺してしまえと、今回の凶行に走ったと思われます」


 まさかイルナに懸想している人間がいたとは完全に計算外だった、おかげでこんな危険な目に遭わせて。俺はイルナを抱きしめて口付けをした。


「ワグナー…決して許さない」


俺が動く前にアベルが部下に指示を出してワグナーを捕縛に向かったがそこはもぬけの殻だった。計画に失敗することまで計算ずみだったのだろう。それでもイルナの心に自分という傷を残して去ったのだ。


「なんという用意周到な男だ。厄介な男を逃した」


俺は心の中で舌打ちをした。

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