第11話
「テオ…」
ドレスの裾へのキスは忠誠の証。テオは心からイルナに忠誠を誓っているのだろう。これに口を出すほど俺も野暮ではない。
俺は2人が話し合えるようにメルルだけ残して他のものを引き連れ、ゼス一派の掃討に向かった。
***
「テオ、そんなことをしてはいけないわ。あなたにはあなたの幸せがあるのに…そんな忠誠を誓ってしまったら」
「私の幸せはあなた様に幸せになっていただくことです、そのためにこの身全てを捧げてお守りいたします」
「テオ…ありがとう。ではあなたに報いるために、私は幸せな王妃になるわ」
「そのいきですお嬢様」
「メルルもありがとう。私はいい人に恵まれて幸せよ。妹のティナも、もしも…、もしもよ?あなたたちに出会えていたら今頃きっと私のように幸せになれていたかもしれない。最近よく思い出すの。性格も根性も悪かったけど、血のつながった妹ですもの。もっと何か、できたんじゃないかって」
「お嬢様、ティナ様は正直誰にもお救いできない域にいらした方です。あれで十分温情ある待遇だと私は思います、イルナ様が思われているよりもきっと幸せでいらっしゃるでしょう」
「そうね。今度、勇気を出して手紙を出してみるわ」
イルナは窓の外を見上げた。そこには青空が広がっていた。
****
ティナは今日の業務を終えてベッドへダイブした。
「はあ。今日もこき使って。私は公爵令嬢なのに下々にいいようにされるのはもう真っ平ですわ」
「ティナ様。こちらに」
「ああ。来たの?それでお姉さまの暗殺は順調?わたしこそが王妃に相応しいのに、ディオス様は全然わかってないわ」
ぷうと膨らませるディナはとても愛らしく、邪悪な性格にとてもじゃないが見えなかった。
「お嬢様、もう少しの辛抱です。きっと殿下もティナ様の魅力に気が付かれる時が来ます。ですからもう少しお時間をいただきたく。必ずやイルナ様を弑してその座をティナ様に」
「期待しているわ」
それだけ言って使いのものは下がった。
ティナは表面上は反省して励んでいるように見せかけていたが、心の中では姉を恨んでいた。
そう、殺したいくらいに。
***
ディオス様おねがいいたします」
「許可できない」
さっききから延々この問答を繰り返している。というのも、イルナが妹のティナを国内に一時的に戻してお茶をしたいと言い出したからだ。
「忘れたのか?ティナがお前にしたことを。俺は許せない」
そう。ティナは本来処刑するのが妥当な人物なのに、イルナが庇ったせいで行儀見習いという名目で隣国に送られている身なのだ。それなのに一時的にこちらに戻して、あろうことかティナと茶をしたいなど正気ではない。
「ディオス様。あの子は性格は悪いですけど、自分の状況がわからないほど愚かではないと思います。だから…」
「はあ。お前は言い出したら聞かないな、わかった。じゃあ私とアベルが付き合うという条件なら許そう」
なんだかんだ言って俺も大概イルナに甘い。彼女のお願いを断れたことなどあっただろうか。
「嬉しい!では早速お手紙を書いてきいますね。愛しております。ディオス様」
そう言ってイルナは部屋を駆け出して行った。
アベルがじっとりと見てきたので、俺は肩をすくめていった。
「仕方ない。イルナには敵わないんだ」
「仕方のないかたですね、当日は警備を増やしましょう。お茶やお菓子も信用できるメルルに揃えさせます」
「食器にも気を配れ。何があってもイルナを毒殺などさせない」
ティナの執念深さはなんとなくわかるので、今回の目的もイルナの暗殺だろう。それを気付かないほどイルナは愚かではない。でも、それでも会いたいのだろう。
その結果どうなろうと、なんとか願いを聞き届けてやりたかった。
そして粛々とお茶会の準備が整えられ、それが叶ったのは1ヶ月が経過してからだった。
「ティナ、少しやつれたんじゃない?行儀見習いはどう?」
イルナが優しく聞くとティナは人が変わったかのように穏やかに微笑んだ。
「はい。厳しいですがやりがいがあります、お姉様の温情のおかげでこのように素晴らしいことを受けることができてうれしく思っております」
そう言って微笑んだ。
「今日は国の銘菓をお持ちしましたの。どうかお姉さまに召し上がっていただきたくて」
そう言って綺麗な箱に入った美味しそうな焼き菓子をティナはイルナに差し出した。
「では後ほど食べますわね、それより懐かしい郷土のお菓子を食べたいでしょう?たくさん用意したから食べてね」
そう言ってお茶の席に座るよう促して穏やかにお茶会が始まった。メルルが給仕から全てを執り行い、アベルとディオスは近くの席でいつでも動けるようにピリピリとしながら2人を見守った。
「お姉さまはディオス様に大事にされているのですね、私とのお茶会に同席されるなんて。羨ましいですわ」
「そうね。大切にしていただいているわ。そうだわ。あなたも年頃ですし、行儀見習いをして学んでいますから縁談を組みましょうか?」
「嬉しいですわ。お姉さまが選んでくださるならきっと素敵な方と結婚できるのでしょうね」
そういうとティナは流れるような動きで席を立つと素早い動きで隠し持っていたのだろう。鋭利な刃物でイルナの脇腹を刺したのだった。
「あははは!やったわ!とうとうお姉さまに復讐できた!何が行儀見習いで温情をかけたよ。あんな地獄のような毎日死んだ方がマシよ。それなのに縁談ですって。バカにして!バカにして!」
もう一度ティナがイルナを刺そうとしたため、メルルがティナを蹴り飛ばした。ティナは後方に吹っ飛んで罵詈雑言を吐いた。
「かはっ!くそ!くそ!まだ刺し足りないのに!こうなったらもう私に道はない。この世に未練もない」
ティナはそう言うと自分で首元に刃を立てて自害した。
「イルナ!」
ディオスは慌ててイルナのもとに走ったが、イルナは大量の出血をしており、危ないと言うことは一目見てわかった。呼びかけても答えない。完全に意識がなかった。
アベルが呼んできた医者がイルナを見た瞬間即座に看護婦に命令をして血液をもってこさせる。
「このままでは失血死します。傷が深い上に内臓を傷つけている可能性もあります。急いで手術しなければ」
ディオスはイルナを抱き上げて医者の案内に従って医療室にイルナを運んだ。そしてあとは任せてくださいと部屋から出されてしまった。イルナの血でまみれた姿で椅子に腰掛けて項垂れたディオスにアベルとメルルが膝をつく。
「まさかティナが自ら凶行を行うとは想定外で…我らがついていながら。申し訳ございません」
「いい。俺も同罪だ。やはり許可するべきじゃなかった。イルナ…」
手術室からは忙しない声が聞こえてきた。かなり悪いのだろう。もし今イルナを失ったら自分は今まで通り生活できるのだろうか。
(無理だ。俺はイルナがいないともう生きていけない、だが王太子は俺一人。後を追うこともできないのか)
俺は知らずにイルナが死ぬことを想定していることに気づいてゾッとした。
それから何時間経っただろう。
手術を終えた医者が出てきてディオスはその医者に駆け寄った。
「イルナは!?」
「ご安心ください。一命は取り留めました。ただ、傷が深くまだ意識が戻りません。最悪、このまま意識が戻らない可能性も…」
俺は喜びと絶望の二つを味わった。
とにかく早くイルナの顔を見たかった。その時ベッドに乗せて病室に移動するイルナが出てきた。
「イルナ…」
その顔は紙のように白く、まるで人形のようだった」
「生きているんだな?」
「はい、お命は…」
「イルナ…どうか目覚めてくれ」
「殿下、まだ今は、病室に移動しますので、今日はここまでにしてください」
「わかった」
医者に言われて俺は引き下がり、そういえば血まみれだったことに気がついてシャワーを浴びに行った。
新しい服に着替えると早速執務に取り掛かる。
イルナのことを考えたくなくて現実逃避したかったからだ。
それからと言うもの、朝早くから深夜まで執務をし続け、毎日5分だけ許されている面会に行ってイルナが目を覚ますのを待った
それから1ヶ月、イルナは目覚めなかった。
俺はろくに眠れず、食事も取れず。でも王太子として毅然と仕事をこなしていた。
「ディオス様。今日はもうお休みになった方が…」
アベルが気遣わしげにいうが、眠っている間にイルナに何かあるのが怖くてなかなか寝付けないのだ。
「いや、大丈夫だ、顔色は化粧で誤魔化せる、それよりアベルこそ俺に付き合う必要はない。もう休め」
「ですが…」
その時だ。バタバタとせわしない足音が聞こえてきと思ったら扉が開かれ看護師が飛び込んできた。
「イルナ様がお目覚めになられました!!」
俺は反射的に走り出し、イルナがいる病室に飛び込んだ。
イルナはまだ体が起こせないようで横になっていたが、多くの医師に囲まれていた。その愛らしい瞳ははっきりと開いていた。
「イルナ!!目が覚めたのか!」
俺は嬉しくてイルナの元に駆け寄ると手を握った。
だがその途端手をひかれてる。
「きゃあ!!あなた誰!」
「イルナ様は1ヶ月意識がなかった間に過去のことを忘れてしまっているようなのです。ご自身が誰なのかもわかっていらっしゃいません。名前すら…」
俺は絶句した。まさか名前までわからなくなっていたとは…
イルナが俺に怯えるのでひとまず離れた場所で彼女を見守ることだけ。
本当はすぐにでも抱きしめたいのにそれどころか目の前に立つことすらできないのが歯痒かった。
「少しずつ慣らしていくしかありません」
医者はそういうとイルナの元に戻っていった。
俺は庭に出るとイルナに初めて贈ったのと同じバラを1輪手折るとそれを持ってイルナの病室へと向かった。
「やあ。傷の調子はどうかな?このバラ、綺麗だったから君にと思って」
「あの…ありがとうございます…これ?なんだか懐かしい気がします」
イルナはようやく微笑んでくれた。その微笑みが自分に向けられたものだと言うことが何より嬉しかった。イルナは全ての記憶を失っていたが、体が覚えていること、妃教育の内容などは覚えていたため、それが不幸中の幸いだと言うものもいた。
「イルナ、今日は以前好きだった本を持ってきたよ。読んで見るかい?」
「殿下!そんな、私にそこまでしていただき光栄です。どうか私のことはお気になさらず、私も忘れていることを思い出すように手がかりを探しておりますので」
そう言って今日はティナの写真を除いたアルバムを見ていた。
「なんだか不思議なのです。どの写真もなにか、足りないような。そんな感覚がするのです」
(こんな状態のイルナにティナのことなど絶対に言えない。何が何でも隠し通さなければ)
だが、ティナ無しではイルナの記憶を取り戻すのは難しかった。
アベルはそのことに気づいていたので、怒らせるのを覚悟でいつも言っていた。
「ティナ嬢のことを話すべきです。最初は苦しむでしょうが、このまま何もかも忘れているよりずっとましなのでは?」
それは分かるがどうしても踏ん切りがつかなかった。その時事件が起こった。
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