第10話

今回ゆっくりとイルナと過ごす時間が取れたためか執務はいつも以上に進んだ。

その時ふと思う。

(俺も本当なら高校生になってたんだよなあ。それが今では国を動かす仕事をこなしているなんて…人生なんてわからないものだ)

 だが現状に不満はない。確かに疲弊するほど忙しいがイルナに癒されて幸せな毎日をおくれている。


「幸せだな」


声をあげるとそこにアベルが入ってきた。


「お幸せそうで何よりです。急ぎご連絡があり、参りました」


アベルの顔が曇っていることを見るとそれはいい報告ではないことはわかった。


「どうした?」


「アリエナ嬢をおす一派がイルナ様殺害のために暗殺者を大量に集めていると情報が入りました。しばらくイルナ様には学園をおやすみいただき、部屋で過ごしていただきたく」


「当たり前だ!誰がそんな危険を犯すようなことをさせるか」


そこに一人の男が入ってきた。イルナ派の官僚ジーク・ベルトだった。


「いいえ、イルナ様には学園に通い続けていただきます。こちらも手練のもの多数用意しましたので。安全は保証いたします。


「何!?イルナを囮に使うと言うのか?」


「陛下もわかっているはずです。最近の反イルナ派の横暴。このままでは国が2分する事態になります。どうか懸命なご判断を」


そこへなんとイルナ本人が駆け込んできた。


「ディオス様!どうか私にその役目やらせてください!」


「許可できない!お前は俺の全てだ。万が一があったらどうやって生きていけばいい?」


「どうかディオス様。私のことは護衛もいますから。この機会に政敵を炙り出してください」


 真剣な眼差しのイルナはどう言っても聞き入れそうになかった。


「では条件がある。常に私とアベルを連れ歩くこと。授業中も例外はなしだ」


「ディオス様!」


「本当ならお前を表に出すのも嫌なのだが仕方がない。イルナ。絶対にそばを離れるなよ」


「はい!」


「失礼致します。では私も同行させていただきます」


 そこにはいつもイルナの側にいて実家から連れてきたと言う侍女が立っていた。


「お前がいても何も」


 ならないと言おうとして机の上に置いてあった花瓶の花が一輪ポトリと落ちた。

 次女がナイフを投げたのだと気づくのに数秒を要したが。なぜイルナがこの侍女にこだわって連れてきたのかようやく理解した。


「私は幼い頃イルナ様を殺すよう命じらた暗殺者です。ですが、ヘマをして怪我を負ったところをイルナ様に助けられてから忠誠を誓っております」


「だからと言って、侍女を連れ歩くのは…」


「ではお手洗いの時も入るおつもりで?」


言われてハッとした。確かにそのすきにと言うことはある。


「お前、名前は?」


「メルル・イクートと申します」 

「メルルのこと黙っていてごめんなさい、話したらディオスがきっと反対すると思ったから」


「当たり前だ、前科があるものを側に置くなんて」


 俺は頭が痛くなった。

 まさか侍女にそんな過去があったなど誰が予測できるか。


「今はイルナ様の忠実な侍女です。紅茶など入れましたら右に出るものはおりません」


「そうなの!メルルの紅茶が美味しいのはディオス様もご存知よね?」


 確かに彼女の入れる茶は美味しい。そこは認めざるをえない。


「お願いしますディオス様。私、腕に包帯を巻いて腕を怪我して侍女が側にいないと生活できないという設定でメルルと行動を共にしますので、アベルとディオス様は離れた場所から見守ってくださると嬉しいです」


「確かにその方が効率はいいですね」


 アベルはメルルの腕を見抜いて彼女になら任せて大丈夫と判断したようだった。あとは俺が許可を出すだけ。


「わかった。だが、何かあったらお前は処刑する。いいな?」


「かしこまりました。命をかけてイルナ様をお守り致します」


メルルはそう言って傅いた 翌日からイルナは腕に包帯をまき、メルルを連れて学校に通い始めた。

 周りには階段を踏み外して骨折したと噂を流してある。そのせいか、刺客たちは倒すのが容易いと油断して次々に捕縛することができた。

 イルナの方でも女性職員に化けた刺客に襲われたがメルルにボコボコにされてイルナは無傷だったらしい。

 調査した数の刺客はあと1人。どこに潜んでいるかわからないため、俺たちは慎重に動いていた。だがその緊張は思っていない形で破られることになる。


「イルナ様。俺はあなたを殺すように命じられた刺客です。ですが私にあなたは殺せません。あなたに情報提供したくてわざと依頼を受けたのです」


 そう言ってイルナの前に傅いたのは庭師のテオ・ライザールだった。


「なぜ私のために?」


「あなたは覚えていないかもしれませんが。昔ヘマをして逃げている途中、あなたに匿っていただきことをなきを得ました、私の命はあの時からあなたのものなのです。こうして学園の庭師をしているのもあなたを影から見守っていたためなのです。


俺は開いた口が塞がらなかった。イルナは一体何人の人間を魅了したら気が済むのだ。


「ディオス様、これからお伝えする情報はかなり正確なものになりますから、どうか反イルナ様派を一掃してください。


そういってテオは語り出した。

「一番力を持っているのはゼス一派です。ここを潰せばあとは烏合の衆ですから少しずつ叩いていけば問題ないでしょう。ただ、テトラド家は少し事情が変わりまして、ご令嬢のアリエナ様がイルナ様を慕っておいでですから、交渉次第ではこちらの一派に引き込めるかと」


「なるほど。大方予想通りだがアリエナ派を取り込めるのはありがたいな。では早速各部隊に通達。王太子の命でゼス一派を捕縛する、処遇は後程取り決める。行け」


 アベルにそう命じるとテオに向き直る。


「お前はこれからも変わらずイルナに忠誠を誓えるか?」


「はっ!我が命はイルナ様のために」


「ではよい。これからもイルナのことを見守るように。そしてなにか不穏な動きがあればすぐに俺に報告するように」


「かしこまりました」


「テオ…ありがとう。私全然気づかなくてごめんなさいね」


「いいえ。いいえ。お役に立ててようやくご恩返しができたのでそれだけで幸せなのです。どうかこれからもお守りさせてください。お嬢様」


そう言うとテオはイルナのスカートの裾にキスをした。

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