第96話

唯を自分の部屋まで案内した姫花は、さてどうしようかと悩んだ。



時間的にきっと、唯はごはんすら食べていない。



「唯、ごはんまだだよね?」



「食欲なくて……」



ローテーブルの前で姫花と向かい合うように座った唯は、俯いたまま顔を上げようとはしない。



「でも、何か食べないと……」



姫花の分の食事は、頼斗が食べてしまったし……



何かなかったかなとしばらく考えて、



「……私が何か作ろっか?」



そんな提案をした。



「……姫花が?」



唯は思わず顔を上げた。



姫花の手料理なんて食べたことがなかった唯にとって、それはとても魅力的な話で。



「父さんもいるし、オムライスの作り方でも教わろうかな」



姫花も唯も大好きな、姫花の父特製のオムライス。



今は食欲のない唯でも、あのオムライスを思い出しただけで急にお腹が減ってくる。



「私もごはんまだなの。一緒に食べる?」



姫花の優しい声に、



「……ん、食べたい」



唯は小さく頷いた。



「じゃあ、ちょっと待っててね」



姫花は一旦部屋を出ようとして、



「あ……待ってる間にお茶飲んでる?」



唯を振り返った。



「丁度、唯の好きな茶葉でアイスティー作って冷やしてあるの」



そう言われて、唯は初めて自分の喉が乾いていたことに気付く。



「あ、うん。飲みたいな」



「じゃあ、持ってくるね!」



姫花はぱたぱたと廊下を走っていき、唯はその足音を聞きながら、



「……はぁーー……」



深い溜息をついた。



姫花のお陰で、やっと呼吸がしやすくなった気がした。

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