第95話

姫花が外に出てからそれ程経たずに、



「姫花……」



「唯!」



制服姿のままの唯が、目を潤ませた状態で姫花の目の前までやってきた。



「どうしたの……?」



「……俺、教師目指せなくなった……」



ぽつりと呟いた唯は、今にも泣き出しそうで。



「……え?」



その声を聞いただけで、姫花の方が泣きそうになった。



数日前、姫花は唯から“将来は教師を目指そうと思う”という話を聞かされたばかりだったから。



「……弁護士しか、許さないって親父が……」



「……何よ、それ……なんで……」



「そういう家なんだよ、うちは」



唯の諦めたような台詞に、



「……」



姫花は黙った。



「姫花のうちとは、違うんだ」



姫花の家族関係を、唯は何度羨ましいと思ったことか。



「……唯、唇から血が出てる……」



姫花が唯の唇の怪我に気付き、指先で優しく触れる。



「!」



その瞬間、唯の体がぴくんっと跳ねた。



「あ、ごめん! 痛かった?」



姫花が慌てて唯から手を離す。



「いや、大丈夫……」



唯も、思わず姫花から目を逸らす。



痛いとかではなく――キスをしたいと思ってしまったから。



姫花に、慰めて欲しいと思っているから。



そうでなかったら、電話なんてかけるわけがない。



「……私の部屋、上がる?」



姫花のそんな言葉に、



「……いいのか?」



唯は俯けていた顔を上げた。

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