第97話

アイスティーの入ったガラスポットとティーカップを唯に手渡した姫花は、急いでリビングへと戻った。



食後のお茶を楽しんでいた父に、



「父さん! オムライスの作り方教えて!今すぐに!」



両肩を掴む勢いで迫った。



「な……何なんだ、突然」



父は面食らったが、



「……唯君に食べさせたいのか?」



姫花の意図に気が付いた。



「大好きなパパ、教えて〜って可愛く頼めたら教えてやるぞ」



意地悪げにニヤリと笑った父に、



(人の弱味につけ込みやがって、このクソ親父!)



姫花は心の中でキレたが、



「……パパ、お願い……教えて」



屈辱的な気持ちを我慢して、頭を下げた。



“大好きな”が抜けていたが、それでも初めて呼ばれた姫花からの“パパ”の破壊力は凄まじく――



「……っ」



言わせた側であるにもかかわらず、父は激しく照れた。



「姫花……今のもう一度――」



「はぁ!? 死ねよ!」



もう一度言わせようと強請ねだった父に、姫花は今度こそキレた。



「お前っ、親に向かって……」



父はショックで目を見開いたが、



「言ってあげたんだから、早く教えてよ!!」



姫花があまりにも怒っているので、



「……分かった。こっち来い」



父は渋々、重い腰を上げた。





その頃、姫花の部屋でアイスティーを美味しく飲んでいた唯は――



「いいなぁ、ああいうの」



姫花と父親のやり取りが羨ましくて、1人でぼやいていた。



唯の暮らす一軒家とは違い、マンションの室内は、この位置からでもリビングの声がよく聞こえる。



……まぁ、今がまだ夏前で扉を開けっ放しなのと、姫花の声がとびきり大きいからというのもあるのだけれど。

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