第93話

部屋の扉を閉めてから、画面に浮かんでいる通話ボタンを指先でスライドさせた。



「もしもし、唯?」



『……姫花……』



受話口から聞こえた唯の声は、姫花が聞いたこともないような悲しそうなもので……



「唯!? どうしたの!?」



ただならぬ雰囲気に、姫花は慌てた。



『……いや、ちょっと……急に声が聞きたくなって……』



「……」



姫花は指摘しなかったが、唯は確実に泣いている。



さっきまでは元気そうだったのに、一体何があったのか?



(――そういえば、唯のお父さんって……)



一度だけ会ったことのある唯の父親の顔を思い出し、胸騒ぎを覚えた。



「唯? 今、家にいるの?」



『……うん……』



「今から会いに行ってもいい?」



姫花の問いに、



『いや、それは……』



唯は戸惑ったような声を出した。



「唯に会いたいの。ダメ?」



ずるい言い方をしている自覚はあったが、それでも他に方法は思いつかなかった。



『……じゃあ、俺がそっちに行くから、いつもの場所で待ってて』



弱々しい唯の声に、胸が締め付けられる。



因みに、唯の言う“いつもの場所”とは姫花の住むマンションの正面玄関前のことだ。



「うん、今から下りて待ってるね」



通話を切り、スマホを再びショートパンツのポケットに入れた。

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