第91話

「お前があの幼なじみと一緒になりたいのなら、俺の言う通りに弁護士を目指せ」



姫花か、将来の夢か、どちらかしか叶わないということ。



「……分かった……父さんみたいな弁護士を目指す」



姫花を手放すことなど、唯に出来るわけがない。



結局は、父の言いなりでしかない。



唯は悔しくて、また唇を噛み締める。



舌の先に薄く血の味がにじんだが、不思議と痛みは全く感じなかった。



「あ、唯……ごはん食べるでしょ? 今用意するから――」



母の慌てた声の上から、



「要らない。今から勉強するから、邪魔しないで」



唯は遮るように被せて答えると、部屋を出て、勢いよく扉を閉める。



階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込むとまた激しい音を立てて扉を閉めた。



床にドンッと鞄を下ろし、その場にしゃがみ込む。



「……くっ……うぅっ……」



床についた拳の上に、涙がぽたぽたと零れ落ちた。



もう洗脳されないと誓ったのに、結局はあの父には逆らえない。



自分の非力さに、悔しくて涙が止まらなかった。



早く、自分で何でも解決出来る大人になりたい。



でも、そうなれた時にはきっと、自分は父の望んだ道へと進んでしまった後なのだろう。



そんなの真っ平だと思うのに、



「……姫花……」



それでも姫花を選んだことに、後悔は全くなくて――



どうしても姫花の声が聞きたくなった唯は、制服のズボンのポケットからスマホを取り出した。

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