第87話

弁護士という肩書きを振りかざして周囲の人間を見下すこの父は、唯の成績が下がることを極端に嫌う。



昨年、姫花の受験勉強を見てあげた時なんかは、唯の成績が学年トップから2位に下がってしまったことがあった。



その時の父の怒り方は異常なもので、半年間は唯の存在そのものを完全に無視していた。



「顔だけの女なんて、歳を取れば所詮はただの醜いババアにしかならないんだからな」



自身の妻を顎でしゃくって指し、馬鹿にしたように笑う。



「コイツも頭は悪いが、顔が良かったから結婚したのに……愛想はないし気が利かないし、家事もロクに出来ない。おまけにこんな醜い歳の取り方しやがって。詐欺にでも遭った気分だ」



「……」



「唯一の利点は、お前を産んだことくらいか」



酒が入って気分がいいのか、珍しく唯に笑いかける。



「顔は母親似で、頭の良さは俺に似ている。将来有望だな」



「……っ」



その言葉に、唯は唇を噛み締めて俯いた。



「俺にとって唯一の希望だ。裏切るなよ」



“唯一の希望”



そんな意味が自分の名前に込められていたことを知ったのも、つい最近だ。



「私も、唯の存在だけが唯一の救いなの……頑張ってね」



そんなことを言う母も、完全に父に洗脳されている。



そう気付いたのは、唯がまだ小学1年生の頃だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る