第86話

いつも通りに姫花をマンションの前まで送り届けた唯は、そのまま真っ直ぐに帰宅した。



「……ただいま」



玄関扉を開け、呟くように言うと、



「おかえりなさい」



母親が慌てて出迎えに来た。



所々に白髪の混じった髪はバサバサで、目の下にはクマができ、気苦労で痩せ細った姿の唯の母。



昔は結構な美人だったらしいのだが、地味で大人しい性格のため、自分に自信を持っている姿なども見たことがない。



それに対して――



「おい! 酒が足りないぞ!」



「あっ、ごめんなさい! 今すぐ!」



母は慌てて廊下を走り、ダイニングで晩酌をしている父の元へ急いだ。



その後ろを唯は重い足取りでついて行き、ダイニングへ入る。



「随分と遅いじゃないか、唯」



テーブルに着き、焼酎をあおるように飲んでいるこのふてぶてしい顔をした男が、唯の父親だ。



「姫花を家まで送ってたから……」



唯がそう答えると、



「あぁ……あの顔だけはやたらといい、お前の幼なじみか」



父は不快そうに顔を歪めた。



「頭の悪いヤツらとつるんでいると、お前の成績にも影響が出るだろう」



「……学年トップをずっと取り続けてるんだから、姫花の悪口は言わない約束だろ」

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