第52話

「可愛いなんて言葉は、好きな女の子にしか言っちゃダメなんだよ」



姫花は、唯から顔を背けて言った。



「……分かってるよ」



唯の、いつもより少し低い声に、



「えっ……?」



姫花はドキッとした。



「姫花が可愛いって言われるのが嫌いなことも、ちゃんと分かってる」



唯は、ここで小さく溜息をついた。



「それでも……姫花を可愛いって思う気持ちに、嘘はつけないから」



勇気を振り絞って、そう告げた。



「……」



姫花は、黙って唯の顔を見つめることしか出来ない。



「……姫花、俺は――」



「ま、待って!」



姫花は、思わず唯の言葉を遮っていた。



「今の私には、まだその先は聞けない……」



自惚うぬぼれなんかでなければ、唯は姫花に告白する気なんだと思った。



姫花も唯のことが好きなので、断る理由などないはずなのだが――



男と女の関係になるのかも、と考えた瞬間――唯のことを、初めて怖いと感じた。



「……姫花は、俺の気持ちを聞くことすらも嫌なのか?」



唯の、明らかに傷付いた様子の声と表情に、姫花はかなり焦った。



「違う! そうじゃなくて……心の準備が……」



泣き出しそうな姫花の目を見た唯は、



(……しまった。早まったか)



後悔の念に襲われ、唇を噛み締めた。

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