第88話

けれど、その陽の顔は赤く染まっていて――



「五十嵐。顔が――」



純が言いかけて、



「桐生君は黙っててくれるかな」



それは陽の声によって遮られた。



「黙っていたいのは山々なんだが、2人を見ていると、どうにももどかしくてな」



涼しい顔をして答えた純を、陽がギロリと睨む。



「あの時の仕返しのつもり?」



「思い当たる節がありすぎて、どの時のことなのか」



純がその蒼い瞳をわざとらしく陽から逸らして言うと、



「桐生……俺の目の前で五十嵐と仲良くすんなよ」



祐也がぶすっと唇を尖らせて、



「これのどこが仲良しなんだ」



純がうんざりした顔を祐也へと向けた。



そんな純の服の袖を、隣の沙那が遠慮がちにつまんでちょいちょいと引く。



「うん? 沙那、どうし――」



「私も、ちょっと妬いちゃう」



純にだけ聞こえるくらいの小声で沙那にこっそりとささやかれて、



「……っ!?」



沙那を振り返った純の顔が瞬時に赤く染まった。



「俺が愛しているのは沙那だけだぞ」



沙那の頬にするりと手を添えた純が甘く微笑んで、沙那はニコッと照れ笑いを浮かべる。



「俺が愛してるのは陽だけだぞ」



純の真似をしようとした祐也は、



「だから人前で陽って呼ぶな」



延ばしかけた手を陽にパシンとはたかれた。



「えぇ……彼氏に対して冷てぇなぁ」



祐也はしょんぼりしたが、



「……今はまだ、ね」



小さな声で呟いた陽は、ふっと柔らかく微笑んでまたメニューに目を落とした。

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