第64話

困った、本当に動けない。



やることがないので、とりあえずは純の顔をじーっと観察してみる。



先程は気が付かなかったが、こうして近くで見ると、



(あ、クマ出来てる……)



純の目の下にはうっすらとクマが出来ていた。



クマが確認出来る程、室内は陽の光に照らされているのだが――



(カーテン閉めてあげたいけど、動けないんだよね)



本当にどうすることも出来ない。



こんなにも強く抱き締めなければならない程、昨夜の純は不安だらけだったのだろうか?



“もう帰ってきてくれないのかと思った”



沙那が帰宅した時に告げられたその声は、微かに震えていて。



「……別れたいなんて、考えたことないよ」



沙那は、純の目の下のクマに指先でそっと触れた。



直後、純の瞼が少しだけ痙攣けいれんしたかと思うと、宝石のような蒼い瞳がゆっくりとあらわになる。



「それは、本当か?」



「あ、ごめん。起こしちゃった?」



沙那は慌てたが、



「今の話は本当なのか?」



純は真剣な眼差しで射抜くように沙那を見つめた。



「うん……本当だよ」



沙那がはっきりと頷くと、



「はぁー……良かった」



何故だか先程よりももっと強い力で抱き締められた。



「あの、スー?」



「沙那がいないと、生きている意味がない」



ぴったりと密着した純の体は、小刻みに震えていた。

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