第62話

「ほら。あーん」



クロワッサンを沙那の口元へ運ぶと、



「あーん」



沙那は素直に口を開けて、



――ぱくり。



行儀が悪いのも気にせずに、盛大にかぶりついた。



サクサクふわふわのそれは、



「ん〜、おいひい!」



沙那をとびきり笑顔にさせる。



その笑顔を見ているだけで、



「……」



純の胸はいっぱいになった。



「……食べないの?」



沙那の笑顔に見惚れて動かなくなった純に、沙那は小首を傾げる。



ハッと我に返った純は、



「いや、食べるよ」



慌ててクロワッサンを口に運んだ。



バターの香る、ほんのりと甘いクロワッサンは、



「……うん。確かに美味いな」



優しい、幸せの味がした。



「……でも、これは実は沙那が食べたかっただけだよな?」



そんな純の素朴な疑問に、横からもうひと口盗み食いをしていた沙那は、



「うっ……ごほっ、ごほっ」



動揺してクロワッサンを喉に詰まらせた。

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