独白

鮊鼓

第1話

 人間である以上、誰しもが人を殺したいと考えたことがあるかと思う。別に殺すこと自体に興味があるでしょとかそういう話ではなくて、こいつうざいなむかつくな許せないなとかの特定個人に向ける感情の話だ。「殺したい」だけじゃなくて「死ねばいいのに」も加えるとその回数は飛躍的に増えることだろう。実行するかどうかには高いハードルがあるから、ほとんどの人は頭の中で考えはしても実際に殺したりはしない。私ももちろんのこと、小さかったころは人殺しなんて自分とは一生縁のないことだと思っていた。 計画的にやったわけではない。かといって感情的になってつい殺してしまったとかいうことをするほどヒステリックな女でもない。ただ、そうした方が良い状況で、周りにほかの人も監視カメラも存在しなかったから、まるで神様がどうぞやるならやっていいですよ今なら赦しますとでも言っているようだった。だから殺した。誰を殺したのか。それはご想像におまかせするとしよう。親かもしれないし、友達かもしれないし、知り合いかもしれないし、もしくは知らない人かもしれない。そんなのは取るに足らないことであり、この世から私にとって不要な人間が消えたということが大事なのだ。とはいえ隠すことでもないから言うとカップルだ。

 グーグルマップに載ってる誰が登録したのかも分からない名ばかりの観光地、評価は0件、建物もお土産屋さんもない夕日が綺麗に見えるだけの場所。そこはちょっとした崖になっていて、下の方では白い波が怒り狂ったように岩壁を叩きつけている。落ちたらまず助からない。その手のプロが飛沫をあげないように飛び込もうとすれば出来るくらいの高さではあるから落ちただけではまず死ぬことはない。恐ろしいのはそこからで、潮の流れの関係なのか陸に上がれる所には辿り着けない。さらに、生きていても死んでいても岩壁に叩きつけられ続ける。しまいに蓄積されたダメージと波によってバラバラにされ魚の餌となる。崖の上にも下にも滅多に人が来ることはないので、落ちれば生きたまま見つかることはない。私がなぜこんなことを知っているのか、なんら不思議なことはない。以前ここを死体処理の場として使っているおじさんがいたからだ。あれはたしか小学生の時だったと思う。散歩をしていた私はたまたまこの場所にたどり着き、夕日を見て、気に入った。それからというもの私は足繁く通うようになり、夜中に星を見るようになったときおじさんと出会った。遠くから近づいてくる車の音とヘッドライトの明かりに気付いた私は木の陰に隠れ、トランクで何やらごそごそとしている様子を眺めていた。やがて月明かりに照らされながら大きなものを抱えて崖の方へと歩いていく人影。そして持っていたものをポイっと投げ捨てることを2回繰り返すとそそくさと帰っていった。何を捨てたのか身を乗り出してみるも暗すぎて分からなかったが、重そうに運んでいる様子と形からして何となくの見当はついていた。翌朝確認してみたもののそれらしきものは見つけることができなかった。次に会ったときにでも確認してみることにしよう。会えれば、なんだけど。

「ねえ、何捨ててるの?」

 新月の夜、慎重に崖のそばまで進んでいたおじさんは、「っっっぶないなぁ嬢ちゃん、落ちたらどうするんだ!」と怒鳴った。

「何捨ててるのかって聞いてるんだけど。」

「お、おお…それは知らないほうがいい。」

「どうせ人でしょ?前も見ちゃったんだけどそんな頻繁に死体ってでるものなの?」

「ちょっと事情があってね。知ってるなら死んでもらわないといけないかな。」

「え、嫌だよ。私中学生なのに殺しちゃうのはもったいないと思うけど。」

 とまあそんな感じで出会い、それから5年くらい手伝いをしながらこの場所がいかに死体処理に向いているかということを教わった。3週間に1回(1回につき1人とも限らなかった)程のペースで死体を運んでくるおじさんの事情というのが何かは最後まで教えてくれなかった。そのおじさんも今では海の藻屑となり広い世界のどこかを旅している。

 そう、御察しの通りカップルもこの場所で殺した。いつものように夕日を見ていると年に一度の来客があり、同じ時間を過ごすことに不本意ながらなってしまった。ふたりが来たとき後ろを振り返り私は嫌な顔をしたのだが逆光で見えなかったようだった。こちらに構うことなく彼らだけの空間に入り、写真を撮り、「ここめっちゃ綺麗じゃない?インスタ用に自撮りしよー!」などとほざいていた。私の場所を邪魔をするだけであればまだよかったが、あろうことかインスタに上げようとしていた。これが何を意味するかわかるだろうか。あいつらにどれくらい拡散力があるかはわからないが、少数の人であろうとこの場所がばれるのは何としても避けたい。私が唯一気を緩めることができる場所、人知れず死体を処理できる場所。そんなことで?と思われるのはわかっているが、私にはそんなことではないのだ。誰にだって守りたい場所のひとつやふたつあるでしょう、そういうことだ。

 最後におじさんの座右の銘を紹介しよう。「罪は露見しなければ罪ではなくその行為もなかったことになる。」つまり私は誰も殺していないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

独白 鮊鼓 @eruko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る