第117話 情報屋フィアン

 若者3人組がローシェ風の私服に着替えて出て行ったあと。


「金貨5枚ではいくつ買える?」

 サカキが声を低めてフィアンに尋ねる。


「――3つですね」

「10枚では?」

「5つ」

「15枚で」

「6つ。今お渡しできるのはそれで全部です」

「よし、もらおう」


 フィアンの口角がにぃっと上がった。戸籍騎士団管理官フィアン・アレスタの副業は情報屋だった。


「毎度ありがとうございます。……ドルミラの情報です。マックサスとお伊都いつさんが結婚の約束を交わしました。まだ周囲には内緒にしていますが、お伊都さんの戸籍を整えているところです」

「マックサス……あの人のよさそうな民間人保護騎士団の団長か。なかなか行動が素早いな」

 お伊都は山吹の里の生き残りの若い娘である。忍者ではなく普通の農民だ。


「うかうかしているとほかの男に取られますからね。ドルミラに家を建てて住む予定だそうです。そうそう、たしかヒムロ様とヒカゲ様の家の近所ですよ」

「めでたいな。今から祝いの物を用意しておこう」


 これからもこのような秋津人とローシェ人との婚姻は増えていくだろう。

 喜ばしいと同時に、自分たちは秋津人でありながらローシェ国民として生きていく、という事実に一抹の寂しさを感じるのもサカキの素直な気持ちだった。


「次。元桔梗忍軍から初の上忍が誕生しそうです」

「おい、なんで俺より先にそっちに情報が行ってるんだ」


「元山吹忍軍の方々にはまだ秘密にしているようです。名はリョウガ。中位の中忍、26歳で訓練中に幻体目が開眼し、本人は大変戸惑っています」

「だろうな。俺は……いや、山吹忍軍の上忍は全員が自分の意思で上忍を目指していたし、そういう訓練も常時行っていた。桔梗忍軍は上位の中忍が統率していたからいきなり上忍になれ、と言われれば重圧に感じられるだろうな」


 サカキはリョウガの神経質そうな伏し目がちの目を思い出した。

 髪は目と同じ薄い茶色で強いくせ毛、結んだ髪が猫のしっぽのようにくるん、と丸まっていた。

(彼は確か、潔癖症で同僚たちと何度かトラブルにもなっていたな……)

 上忍はもれなく中忍と下忍を統率する立場になるので、彼の性格では何かと苦労しそうである。


 フィアンは次々と情報を開示していく。

 メイアの道の測量が3週間後から始まること。それについて各国の間諜スパイが活発化していること。


 女皇が風邪気味であること。表向きは気合で平常を装っておられるが、夕方に微熱ではあるが体温が上がっているらしい。


 先日のグレード5の演習(黒魔導士の第一階梯の魔法が使われた)以降、兵士が数人姿を消したこと。それについては情報部の追跡ができていること。


「6つめ。ヴァインツェル様(ロルド宰相)の皇族専用のワイン蔵にだれかが侵入した模様です。蔵の中のワインの瓶が一本、ラベルの位置がずれていました。だれかがラベルのデザインを盗み見た、と思われます」


 皇族専用のワインはすべてラベルを下に向けて保管されている。皇族に届けられるときは布を巻かれていて外部に漏れるのを防いでいる。


「……ロルド様のワイン蔵は、限られた者しか入れないはずだが」

「そうです。その、限られた者はデザインを知っていますからね……おそらく何者かが気配を消していっしょに入室した。ラベルのデザインを見て、元に戻したが慌てていたのか、わずかに角度がずれていた、という感じでしょうか。

 デザインを盗んだところでそれを売り出すことはできません。ということは――」


「皇族の名を利用したか」

「おそらく。ちょっと妙ではありますけどね。表に出たところで、本物のラベルではないことがばれればアウトですし。たぶん裏でブランド詐欺にでも使われたのだと思います。

 この事件を機に、皇室はラベルの柄を変更するそうです」

「そうだな。しかし、気配を消せるというのなら忍者か。やっかいだな」


 気配を消す訓練を忍軍が行うときは必ず身分証明と登録、悪用しないという宣誓書に加えて白魔導士による判定も受けてもらっているので、それをくぐり抜けたとは考えにくい。

 夜香忍軍とは別の忍者が入り込んでいる可能性がある。


 サカキは一通り情報を受け取ると、皮袋に入った金貨を手渡す。

「いい情報だった」


 フィアンは恭しく受け取り、右手を左胸の上において深く礼をした。

「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております」

 金貨の袋の重みを確認し、仮面の下の目を細めた。

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