第108話 長内の事情

※登場人物紹介補足:

〇長内源治(偽名) 19歳(16歳を装っていた)髪:黒の直毛 瞳:鳶色 ガリガリに痩せている。秋津から連絡係としてコテージ3号棟へやってきた。長らく紫藤派の大名に人質として囚われていたが、謀反の濡れ衣を晴らすために行動していた立花たちが偶然発見し、救出した。現在は立花春城の親戚という扱いだが、彼の本当の出自は立花たちにしか知られていないはずだった。


※補足説明:なぜ、長内が切腹癖があるのに短刀を持っているのか。実はその短刀は”なまくら”であり、腹を横に斬っても斬れない。ただし、力任せに突き立てれば内臓に損傷が出る可能性はあるため、周囲には常に見張りがいる。長内は武士であり、ローシェに来るにあたって刀は渋々手放したが短刀だけは譲らなかったための措置である。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

三鷹数馬はそんな長内を見て、しまった、と思った。

 人として少し成長したのは良きことだが、気が付いてほしくないことにまで気が付いてしまった。

 予想外のことである。


 本当は明日の朝、連れ帰る予定であった。しかし秋津ではいまだに騒動の最中であり、大人たちの醜く争う姿を見せたくなかった。長内本人にまで誹謗が飛び、可能性がある。


 数馬は長内を寝かせ、その足で1号棟へ向かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「今の話、お聞きになっておられましたでしょうか?」

「ああ。すまない。そういう仕事なのでな」

 サカキはロングコート姿で両腕を組み、窓際に立っている。その視線の先には長内が寝ている3号棟がある。


 サカキは椅子を促したが、数馬は座らなかった。


「あのような方を連絡係にしてしまい申し訳ありませんでした。しかし、長内殿は今は秋津にいるべきではない、と判断いたしました」

「そのへんの事情もこちらで今日のうちに調べた。だが時間が足りない。肝心の殿までは届かなかった」


 数馬は背筋がヒヤリとする。

「どうかそれだけはご勘弁を。ただ、現在立花派で起こっている問題の中心にいるのが長内殿であります。実は明日の朝、秋津へ連れ帰ろうと思っておりましたが、もしお許しくだされるのであれば、このまましばらく滞在させていただきたく存じます」


「それはかまわないが――ここで1人のままでいさせていいのか?」

「はい。立花家関係の者がそばにいないほうがいいのです。

 長内殿は小さいころからずっと紫藤派の某藩主の城で人質として囚われており、まともな教育を受けておりませんでした。

 藩主の城で囲われていた貴族どものおかしな教えのせいで、立花派の者たちが長内殿を救出したときも『このような場所は私にふさわしくない』と、いきなり腹を切ろうとしたくらいです。以降、彼は何か気に食わないことがある度に切腹しようとしました。そうするように教えられていたのです。今はかなりマシになりましたが」


「なるほど、それであの無茶な行動を……」

「そこを詳しくお聞かせくださいますか?」

 サカキは、長内が女皇の前で切腹しようとしたこと、諭された後単独で城内に突撃し、武器障壁に引っかかって昏倒したことを述べた。


「そ、それは大変なことを……申し訳ございませぬ」

 数馬は顔が羞恥で赤くなるのを感じた。


「三鷹殿のせいではない。それに、連絡係としてやる気が出たのであればここにいることを反対はしない」

「お手数をかけます。今の秋津は長内殿には危険すぎます。どうかよろしくお願いを……」


 数馬がそう言い切る前に。

 バン!

 いきなりサカキが窓を開け、縮地で外へ出る。

 数馬も遅れて異様な気配に気づき、駆け足で3号棟へ向かう。


 そこで2人が見た光景は。

 長内が寝巻のまま右手で短刀を抜いていた。

 その手をケサギが掴み、ムクロは忍刀の束で長内が刺そうとしていた腹を抑えていた。


「長内殿、なぜ――」

 長内は泣いていた。

「私などいない方が……私のせいで秋津統一が遅れるくらいなら死んだ方が世のためです!」


(なんと神経の細い御方か……)

 泣きたいのは数馬のほうである。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 サカキはケサギとムクロに視線を送り、一瞬で意思疎通する。


「命を軽んじるのはおやめください。一条源武正清いちじょうげんぶまさきよどの」

 サカキの声に、数馬と長内がはっと、顔を上げる。


「え、なぜその名を……」

「まさか……最初からご存じで……」

「さすがにそれはない。知れたのはついさっきだ。確定情報ではなかったが、今ので確定した」

 サカキの後ろにはアサギリとヒシマルが気配を隠して控えていた。

 情報は彼らがもたらした。


 数馬の顔がゆがむ。

「……」

 まんまと引っかかってしまったことがわかったのだろう。


 長内はガクリ、と腰を落とし、ケサギとムクロに両側から支えられた。

 短刀はケサギが取り上げていた。2人が付いていればとりあえずは安全だ。


「さすが夜香忍軍の糸。我らの奥の奥まで届いておりましたか」

「まあな。で、秋津統一を果たした名将・一条時貞いちじょうときさだ将軍の孫ともあろう方がなぜ人質になど?」


「ご祖父に続いて父君も紫藤のものに暗殺され、残った女たちの命を助けたいのなら人質になれ、と紫藤重勝しとうしげかつの手の者ががひそかに1歳の正清殿を母君の手から連れ去った、と聞いております。当時の我らには知る由もありませんでしたが、それらすべてが我らの仕業、ということにされました。最初からそう計画されていたのです」

「「卑劣な……」」

 サカキとケサギ、ムクロも顔をしかめた。


「……ということは彼は16歳ではなく、本当は19歳なのだな」

(そうか、とても19には見えないことが逆にその存在をに周囲に今まで掴ませなかったのか)


「はい。満足な食事を与えられておらず、成長が遅れています。結局、その女たちもみな殺され、一条将軍直系の血筋は正清様ただおひとり、となりました。いったいなぜそこまでの仕打ちをされねばならなかったのか――」

 数馬は頭を振った。


 サカキは過去の文献を調べ、ヒルの話からその理由に心当たりがあった。

「そうか。一条将軍の血筋はたしか……遡ると花山院かざんいんという貴族に連なる一族であったな」


 サカキの言葉が意外な方向に向かい、数馬が戸惑う。

「よくご存じで。まさしくその通りですがなぜですか?」


 サカキは先日の忍軍詰め所でのヒルとの会話を思い出す。

『カザンイン?さっきサギリっちゃんがそう言ってた?』

『ああ、そうだが?』

『あー、なんか思い出してきた。おいちゃんたちのお話でよくソレが出てきてたよ。おいちゃんたちはカザンインのせいでお面になっちゃったとかなんとか』

『――なんだって?』

『いまでもすごく恨んでるって』

『……250年も前からか……』


 サカキの背に冷たいものが走る。それほど長い間恨み続けていたのか。いったいどんな惨事があった?

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