第103話 ケサギとムクロの心遣い(やらしい雰囲気にしてやるぜ!)

「姫、我らはフロントにちょっとした用がありますので、申し訳ありませんがここでしばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」

 ムクロが言うと。


「ええ。かまいませんよ」

「ありがとうございます。このまま立ち話もなんですので、あちらの木にオレが作ったブランコがあります。そこに座ってお待ちください。サカキ、姫の護衛、頼むぞ」

 ケサギが指で示した。


「……承知した。では、ゾル、アゲハ、朝の訓練は終わりだ、各自戻ってくれ」

「「はい」」


(あいつ、ブランコなんか作っていたのか……)

 そういえばケサギは大工仕事が得意で夜中に子供の遊具なども作っていた。

 自分は里を留守にすることが多いので、遊んでやれない代わりだ、と言っていたことを人づてに聞いたのをサカキは思い出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ケサギ製のブランコは思った以上に頑丈で、優雅な装飾までついている立派なものだった。

 ローシェの王城内の遊戯場にもブランコはあるが、小さな板にロープを2本付けただけの、一人用の簡単なものだ。


 だが、こちらは背もたれとひじ掛けのあるベンチの足だけを取り払ったタイプで、4本の丈夫な鉄の鎖で、太くて頑丈そうな横枝から吊り下げられていた。広さも2人座って余裕がある。


「まあ、なんて立派な……」

 女皇も思わず感嘆の声が出たほどだ。


 頑丈とはいえ大人2人分の重量がかかるので、万が一落ちた時のことを考え、

「イリア、どうぞ俺の膝の上に」

 と、サカキが促すと、


「はい……」

 と頬を染めながらおずおずとサカキの膝に横向きに座り、ドレスの裾を整えた。

 その仕草をサカキは可愛らしい、と思う。


 もっとも、素の姫君であればサカキが言う前にピョン、と跳びながらサカキの膝の上に陣取っただろう。

 女王モードであればサカキに「膝を貸せ」などと命令しただろう。

 それはそれでおもしろいのだが。


「……ケサギとムクロは、私に時間をくれたのですね」

 サカキの胸にそっと手を置き、寄り添いながら女皇が言う。

「お気づきでしたか。あいつらもたまには粋なことをする」


 こうやって2人だけになるのは久々のことだった。

 帝国になってからは属州との政治的な兼ね合い、国内での問題の掌握と対応、アラストルとの戦争の準備等々、対面すべき事柄が山積みとなっている。

 そんな中でロルドが女皇をワインの売り込みに行かせたのは、こういう状況を予測していたからかもしれない。


 2人は目を合わせると自然に笑みがこぼれた。バルコニーでの一件以来、2人の距離はかなり縮まっていた。女皇が目を閉じる。女皇の唇からほのかにワインの香りが漂っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「あのお2人はいったい……」

 仲睦まじく手を取り合ってブランコのほうへ歩いていく2人の後姿を見て長内が尋ねた。


「恋人同士ですよ」

 ケサギは務めて穏やかに答える。


「恋人……あの高貴なお方が忍者と?」

 秋津の国では忍者は奴隷も同然の身分の低いものたちだ。それが女皇の恋人などとは、長内には理解しがたいことだろう。


「長内殿。秋津の国しか知らぬ貴方には理解しがたいと思いますが、ここローシェ帝国では忍者は騎士と同等の身分をいただいております」

 ムクロが答えた。

「……信じられない……そんなことが――」


(そんなことすら調べていないのか……まったく――)

 ケサギは内心腹立たしいとは思ったが、武士とはたいていがこういう者たちだったことを思い出す。

 立花たちが立派すぎて忘れていたのだ。


 立花たちは外国暮らしが長かったせいか身分が下の者にも礼節を持って接し、教えを請われれば惜しみなく与えた。そのような精神性をサカキは刃を交えたときに見抜き、命を助けることにした、と後に語っていた。


 それに比べて長内はサカキを下のものと侮り、連絡係を子供のお使い程度に考え、周りの意見にも耳を貸さずにただ日々を自己の鍛錬のみに費やしていた。


『次に此奴が切腹しようとしてもワタシは止めないよ』

 矢羽音でムクロが言ってきた。


『まあまあ。姫のお気に入りの場所を血で汚されるのは困るだろう』

 とケサギがなだめる。ムクロがこんな風に怒るのは珍しい。

 とはいえ、長内をこのままにしておくのは秋津にとってもローシェにとってもいいものではない。


「長内殿」

 ケサギがまじめな声で呼びかける。

「な、なんだ?」


「女皇が貴方様に期待しておられます。どうか連絡係のお役目についてご再考を」

「…………」

(無言かよ)

 ケサギとムクロがしばし待っていると。


「……わかり申した!」

 長内がほほを紅潮させて突然声を出した。


「「おお」」

 ケサギとムクロはやっとわかってもらえたか、と安心しかけると。

「あの麗しき女皇様にふさわしいのは忍者ではない、誇り高き武士だ!!」

「「えっ?」」


「拙者、連絡係を立派に全うし、あの御方にふさわしい武士になってみせる!!!!」

「「だからなんでそうなるの?!」」

 と、ケサギとムクロは声を上げて反論するが。


「よし、そうと決まれば拙者、まずはこの国をよく知るために調査に向かうでござる!敵を知り、己を知れば百戦危うからず!!!!」

 と勢いよく叫ぶと、うおおおおー、と叫びながら、ちょうど引き上げようとしていた白魔導士が開けた結節点に入って行ってしまった。

「あれ?えっ?あの、ちょっと!」

 白魔導士が慌てて自分も入って行った。


「「あいつ、人の話を聞いちゃいねえ!」」

 2人は彼の言うことも行動もなにひとつも理解できず思考停止し、みすみす長内を1人で行かせてしまった。上忍2人を停止させるとはかなりの大物である。


「ありゃー」

 とアキミヤが情けない声を出しながら姿を現す。呼ばれるだろうと先に行動したのだ。


「アキミヤ、こういうわけだ、すまないがサカキとアサギリとヒシマルに連絡を。

 彼は帯刀して王城内に入ったからどこかのバリアに引っかかるだろう。俺たちは先にロルド様に報告せねばならん」


「承知いたしました」

 と言ってアキミヤは縮地で移動した。

「……ムクロ、次にあいつが切腹しようとしてもオレも止めないぞ」

「うむ」

 2人の意見は完全に一致した。

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