第99話 妖の子登場
※現在のローシェ帝国の情勢:羽角老人のおかげで翁衆という人外の者たちの存在とその性質をかなり知ることができた。一方で長年の敵対国・アラストル帝国がローシェを攻める計画を立てている情報が届いている。妖怪とアラストル。この二つの勢力からの攻勢に、ローシェ上層部は淡々と迎え撃つ準備を進めていた。
――王城内:小会議室――
円卓会議の事前の打ち合わせにユーグ、スパンダウ、ロルドが参加している。会議の議題を入念に打ち合わせしていた。
「おそらく、アラストルは喪が明けて、雪の季節が終わってからの進軍になるだろう。アラストルの主力・ラクダ隊は寒さに弱い。ダールアルパはそれを考えずに行動し、結局役に立たなかった。しかし、次の指揮官はムーンダムドになると思う。それならば雪が溶けた春以降の出陣だろうな」
重厚感のある、将校用の椅子に腰を下ろしてユーグが口を開いた。
スパンダウがうなずいた。
「同意します。指揮官の情報はまだ極秘ではありますが、うちの諜報部がほぼ把握できました」
「予想どおりですね。今回は弓兵隊とラクダ隊、戦車隊、そのあとから黒魔導士隊になると思います」
ロルドが考えを述べる。
会議室の机の上には大きな戦略用地図が広げられ、その上に様々な形をした駒が置かれている。
今は適当に並べられているだけだ。
「サカキです。今よろしいですか?」
ドアの外から声がかかる。
「どうぞ。本会議までまだ時間あるぞ。君も打ち合わせに加わるか?」
「いえ、会議の前にこれをどうしたらいいか相談に来た」
サカキは桐箱を机に置いた。蓋を取ると翁面が現れる。妖の気配がわかる、ということでサカキが一時預かりしていた。
「あー、空の面でしたね。どうしましょうかねえ、置いておいたところでいい気持ちはしないし」
ロルドも思案顔だ。
「壊してもよいか?」
サカキは月牙を背負っていた。この場所は障壁は張られていない。円卓会議室のように武器禁止の場所は部屋に入る前に白魔導士に預けることになっている。
「まあ、いいでしょう」
「そうだな、万が一『目覚め』られても困る」
「空なら悲鳴も上がらない……よね?」
「危ないので少し下がってください」
3者の許可を得て、サカキは右手で左肩からスラリと月牙を抜く。
その刀身の美しさに3人が見とれていると――
カタカタカタッ
と木箱が鳴り出す。
「「!!!!」」
4人が驚くと、蓋が勝手に開き翁面がぴょん、と空中に飛び出した。
「な……、目覚めていたのか?!」
サカキは即反応し、月牙を構える。
「わああああ!斬らないで!!おいら、悪いお面じゃないよ!!」
子供の声だ。翁面がサカキの腰当たりの高さで左右に揺れている。その表情は焦っているように見えた。
「「面がしゃべった!!!」」
「ずっと寝てたんだ……お富ちゃんが死んで悲しくて……その刀、こわい!やばい気がする!お願い、鞘にしまって」
「お富ちゃん?富姫か?それならもう50年も前の話だぞ」
思わずサカキが返事をしてしまう。
「え、50年?そんなに経ったんだ……」
翁面がひどく落ち込んでいる。感情がまるわかりになるのが不思議だ。
サカキにはこの面からは殺意や悪意は感じられない。
しかし、念のため抜刀したままロルドとスパンダウの前に立つ。
「お前は何者だ?」
片手を剣にかけてユーグが問う。
「おいら?『ヒル』って言うんだ。ねえ、ここどこ?いつの間にこんなところに来ちゃったんだろう……」
「ここはローシェ帝国だ。……困ったな。お前がこちらに危害を加えるようなら斬るが――」
サカキが答える。
「だから、斬るな、って!ろーしぇ?知らないや。危害って、おいら嫌なことしたりしないよ、人とおしゃべりするのが大好きなんだから……」
ユーグとロルド、スパンダウも顔を見合わせた。
「こんなこと、前例がないぞ――」
「とりあえずクラウスさんに来てもらいますか……妖に真実があるのかどうかはわかりませんが」
ロルドの言葉に全員が困り顔でうなずく。
大太刀である月牙も心なしか困惑している気配がある。こんなことは初めてだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「
いつも穏やかなクラウスの表情が曇っている。彼も困惑の真っただ中だった。
その言葉を聞いてサカキは刃を背の鞘に戻した。
「ヒル、と言ったな?羽角新吉に取り憑いていた翁面の――」
「取り憑く、とか人聞きの悪いこと言うなよお。新吉ちゃんは初めておいらをもらってくれた友達だよ!」
ヒルは怒った。
ユーグ、ロルド、スパンダウ、サカキ、クラウスはますます深い困惑の渦の中に入る。
「……これも嘘ではありませんね。まいりました。ちゃんと白魔法が反応しています。人と同じ対象であることは間違いありません」
「まさか、こんな真昼間に妖と面談することになるとは……」
「お富ちゃんや新吉ちゃんのこと知ってるなんてみんな何者なの?」
「その『お富ちゃん』が君のことをいろいろ書き残してたんだ。だから我々は君のことを知っている」
サカキが答えた。
「へええ、なんだかうれしいな。お富ちゃんの名前が50年経っても残っててくれたんだ……」
ヒルはころころと感情を変えている。まだ子供の証拠だ。
「……君がこちらに敵意がないのはわかりました。言っていることが本当ということも。
それで、よかったら私たちにもいろいろと君のお話をきかせてもらいたいんですが、いいですかな?」
ロルドが務めて明るく笑いながら問うた。
「うん、いいよ!」
ヒルは即答した。
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