第63話 亡命者たちの進路(預言の魔女編最終話)

 ――ローシェ王城――


 戴冠式から6日後、デヘテル・ストーダ改めモールタス・イベルドの一族がローシェ王城に到着した。


「モール!!よく無事で……」

 帝国宰相ロルド・ヴァインツェルは旧友の姿を見て涙を流して喜んだ。


「歳をとったな、ロルド……」

「お互い様だ、16年経ったしな」

 2人は昔からの親友だった。


「奥方様もお嬢様もご無事でよろしゅうございました」

「窮屈な16年でした。娘もこんなに大きくなりました。娘にはアラストルに加えてローシェの作法もちゃんと教えておきましたので、これからの生活に差支えはないと思いますわ」

 と、モールタスと同じようにふくよかな奥方はコロコロと笑った。


 ミンメルも頭のベールを脱ぎながら喜んだ。

 茶色の髪にのアーモンド形をしたとび色の瞳、小さな鼻が愛嬌のある顔立ちだった。

「女性が顔を出して自由に外出できる、って本当だったんですね!うれしい!」


 そこへ、女皇も到着する。

「わあ、ミンメルちゃん、無事でよかったー!ストーダさんにもお世話になりました」

 と勢いよく駆け寄って来る。


「ありがとうございます、女皇陛下」

 と少女たちはお互いに手を握り合ってぴょんぴょんしながらクルクル回った。

 似たような性格だったらしい。


「こ、これ、ミンメル、陛下に失礼は……」

 モールタスが慌てるが、ロルドは

「いいのですよ、これくらいの関係のほうが女皇には楽しいでしょう」

と笑った。

 このあと、モールタスの一族はローシェ王国内の元の領地に帰ることになる。

 彼の領地は今まで代替の者が管理していた。


 その手続きなどの打ち合わせをしていると、ケサギもやってきた。

「亡命希望の黒魔導士2人と宦官見習いの少年をお連れしました」


 キーリカとパシュテ、ルミルは、女皇にお目通りするためともうひとつ、イベルドの一族に預かってもらうという目的もあった。

 亡命組の3人は初めて女皇を見て、その美しさに驚く。


 ルミルは

「……僕、こんなに美しい方、初めて見ました……」

 と目をぱちぱちさせた。


 キーリカとパシュテは

「ハ、ハジメマシテ……」

「コニチワ……」

 たどたどしい大陸公用語で挨拶した。


 イリアティナ女皇はにっこり微笑むと

「アラストル語で大丈夫ですよ。ようこそローシェへ。国を代表して歓迎いたします」

 と流ちょうなアラストル語で返事した。


 キーリカとパシュテはまだベールで全身を覆っていたが、ほっとしたようで、深く礼をして改めてアラストル語で自己紹介した。

「お初にお目にかかります、女皇陛下。私はキーリカ、こちらはパシュテと申します。2人とも14歳です。この度は私たちの亡命を認めてくださり感謝の念に堪えません」


 一国の主が一介の黒魔導士に直に会ってくれるなど、アラストル帝国では考えられないことであった。

 しかもその主が女性なのである。2人はあらためて国の違いをひしひしと感じた。


「あなた方とのお国の違いに驚いているでしょう?しばらくは驚きの連続だと思うので、ストーダさん……つまりイベルドさんのところでごゆっくりなさってください」


 モールタスが進み出る。

「直接お会いしたことはありませんでしたが、お2人はストーダの名前はご存じだと思います」

「「ええ」」

 ストーダ家はアラストルでも中位の財力を持っており、そんな大物がローシェに逃げて来た、ということも2人には驚きだった。


「ローシェの生活に、我々一族もまだ慣れておりません、なので少しずついっしょに慣れて行きませんか」

 優しく語りかけるモールタスに、パシュテが答える。


「お心遣い、感謝いたします。まったく世間を知らない私たちですが、馴染めるよう努力いたしますのでどうかよろしくお願いいたします」

 キーリカもパシュテも、ケサギのおかげでどうにか男性と直接会話ができるようになっていた。

 モールタスの奥方も「娘が増えてうれしいわ」と喜び、ミンメルも同じ年代の友達ができたと早速2人とおしゃべりを始めている。


 ルミルがおずおずと話し出した。

「あのう、僕、ケサギさんにずっと相談していたんですけど、姉さまたちはもう僕の仲介なしで殿方とお話できるようになられました。ですので僕はこの国で自分がなれそうな職業に就きたいと思うのですが、お許しいただけますでしょうか?」


「もちろん!ルミル君はまだ小さいのにしっかりしてるね、この国は働きたい意思のある人にはとことんお手伝いしちゃうよ!安心してね。ときに、何かなりたいものは見つかった?」


 元気でぐいぐい来る女皇に頬を染めながらルミルは

「まだ確定ではないのですが……白魔導士になれたらいいなあ、って……」


 ケサギが後を続ける。

「というわけなので、まずはクラウスに会わせてみようと思います。

 この子は頭の回転も速いし気もよく利く。勤勉だし、本当は忍者になってほしいけど、残念ながら本人の希望は白魔でして。そっちを応援することにします」


「わかりました、素質があるかどうか見てもらわないとね。あとでルミル君をコテージに案内してあげてね」

「かしこまりました」


 そこへ、ムクロが後ろに数人連れて入室してきた。今日はケサギと揃いのロングコート姿である。

「失礼します、イベルド様御一族の護衛隊を編成してまいりました」

 キーリカとパシュテはムクロを見てまたぽーっとなった。


 目ざといムクロは2人ににっこり微笑んで一礼してから報告する。

「騎士2名、白魔導士2名、夜香忍軍三番隊から3名です。あとは、イベルド様の所領であるファスターナに属する私設の軍隊100名が邸宅前で待機しております」


 ロルドがうなずく。

「ご苦労様でした。ここにいる7名は当面の間モールタスの近辺警護をお願いします。アラストルとの間には問題はないはずですが念には念を入れておきます」

「「ははっ!」」


 今回の騒動で、騎士たちと白魔導士、それに忍者、という組み合わせが意外にも合っていたことは騎士たちの中でも話題になっていた。

 白露忍軍や黒魔導士が王城の中にまで侵入し、完璧に対抗できたのも忍軍という新しい要素が加わったおかげだが、日頃の警備や情報の伝達など実務レベルで忍者たちは実によく役に立っていた。


 騎士たちもようやく忍者というものがわかって来たのである。

 伝統ある騎士の戦いも、時代によって更新しなければならないときが来た、と思うものが増えてきた。


 また、ローシェ国の弱点でもあった対黒魔導士戦略は2人の高位の黒魔導士を迎え入れたことから大きく進化していくことになる。

 さらに、白魔導士の在り方にもゾルの新しい試みによって白魔導士でありながら忍者としての動きもできるものが誕生する。


 そして――


 ――王城内・六合会室――


「本日をもって六合会を解散する!」

 錫杖を持ち、女皇帝となったイリアティナ・デル・ローシェが力強く宣言した。


「え、何を言って……」

 ワイス・デム・ローシェのあわてぶりにだれも配慮することなく。

「女皇陛下の意見に賛同いたします」

 と次々に手があがる。


「ヴァレリー公!コンラード公、裏切ったのか?!」

 右手は2人の終生公爵も上げていた。


「裏切った?王弟陛下、なにか勘違いをされておられますな」

 ヴァレリー公爵が不快をあらわにして言った。


「勘違い……だと?」

「私はあなたに味方をしていたわけでもない。国のためになると思う意見を常に選んでいただけのこと」

「そんな……いまさら――」


 老齢のコンラード公爵は腰を曲げ、ふごふごしながら言った。

「儂はもう今日でしまいじゃ……あとのことはお若い方にお任せしようと思う」

 彼は跡を継ぐ自分の頼りない息子の擁護を密かに女皇に願い入れていた。


「最初から……余を……陥れるつもりだったのだな、女狐めが!!」

「王弟閣下……どうかもう、お諦めください」


 女皇の憐みの視線はワイスを逆上させた。

「おのれええええええ!!!」


 ワイスの理性は完全に吹き飛び、無意識に剣を抜き、目の前の女皇に斬りかかった。


 ザシュッ!!


 と嫌な音が会議室に響いた。

 ワイスは呆然と自分が斬った相手を見つめた。


 サカキであった。

 両手を広げ、女皇の前に立ちはだかり敢えてワイスの剣を受けた。

 剣客服の胸が切り裂かれ、上着が左右にはだける。

 サカキの顔が苦痛に歪み、ゆっくりと膝をついてそのまま床に倒れこむところをスパンダウが横から抱きかかえる。


 まるで何事もなかったような静かな声で女皇は宣言した。

「王弟閣下はずいぶんとお疲れのようだ。ご自分の領内でゆっくり休まれよ……」


「わしは……な……なぜ――」

 ワイスは混乱した。自分のやったことが信じられない。女皇を殺そうとした?


「連れて行け」

 冷たい声で女皇が命ずる。

「はっ」

 警備騎士たちがワイスを両脇から支えながら退出させる。


 王弟ワイス・デム・ローシェはこの件で完全に失脚し、彼の息子ヨーゼフが成人16歳になるまで3年もの間蟄居を命ぜられることになる。

 全てロルド・ヴァインツェル宰相の筋書き通りであった。


「サカキ!大丈夫か?!」

 先ほどとは打って変わって女皇が悲鳴のような声を出して慌ててサカキの様子を見る。

「演技ですから大丈夫です、しかし、ロングコートよりも衝撃が強いですね……」

 と、サカキは顔をしかめながら言った。


 剣客服の下にサカキは新開発の装甲板をベルトで留めていた。

「あとでダンに文句を言っておきましょう」

 スパンダウの手を借りて立ち上がりながら苦笑した。


 女皇はほっと息を吐いた。

「わかってはいても心臓が早鐘のようだ。こういうマネはこれきりにしてほしい」

 手を額にあてながら言った。

 スパンダウも「まったくもって同感です」と青ざめていた。


「す、すいません、以後気を付けます……」

 ロルドは頭をかいた。


「これほどのことをされても彼に罪を問えないのですか?」

 斬られた上着を肩に掛けなおしながらサカキが問う。


「処刑するのは簡単ですが、今回はこれを交換条件にします。私たちの沈黙と彼の3年間の蟄居を。

 彼は飲むでしょう。処刑されれば息子の皇位継承権もはく奪されますので」

 ロルドが苦い顔で応えた。


「ですが、3年経っても考えが変わらなければそのときは……お願いします」

「承知した」

 サカキは冷ややかな目でうなずいた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「皆の者、よく聞いてほしい」

 女皇が立ち上がり、サカキ、ロルド、ユーグ、ヴァレリー公爵、コンラード公爵の顔を見ながら言った。

「我が王国が帝国に変わることで歴史が動いた。その反動は各地に大小様々な波紋を起こす。

 そんなときにのんびりと六合会に時間をかけてはいられない。打つ手をひとつも間違えてはならぬ。

 いまこの国に必要なのは立憲君主ではない、専制君主である」

 女皇は決意を秘めた表情で、きな臭い言葉を連ねて行く。


「私は、この国を他の誰も攻めようと考える気にさせない、強い国にする。そのためには貴殿らの力が必要だ。平坦ではない道を歩まねばならぬが、貴殿らがいればきっとそれは叶うだろう」


 女皇が顔を上げる。その視線の先にはローシェ帝国軍の旗が掲げられていた。

 勇気を示す赤色に染めた背景に雄々しく立ち上がる金の獅子の紋章、それがローシェ帝国のシンボルである。そのシンボルの通り、獅子が立ち上がるときが来ようとしていた。


 女皇は皆に向き直り、力強く言葉を発する。

「やっと……本当に、やっとだ。我らは忍軍という『牙』を得た。我が国に食らいつこうとする国どもに、護るだけの国ではないことを見せてやろう!」


 女皇の宣言はその場にいたものたちの胸を震わせた。

 長い間、ただ守るだけに徹してきた国の在り方が変わる。その歴史の変化の中に自分たちがいることを気づかせたのだ。


 ユーグ大将軍は頬を紅潮させ、ヴァレリー公爵は余裕の微笑みを浮かべ、コンラード公爵は憮然とし、サカキは刃の切っ先のような光を瞳に宿した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ロルドの瞳が揺らめいている。ロルドがずっと待ち望んでいた政治の形態がこれだった。

 女皇のカリスマ性と決断力と実行力。そのすべてがこれからの時代に必要なものばかりだ。

 ロルドには先の未来が視えている。これから襲い掛かって来る時代の荒波を乗り越えるためには、絶対に彼女でなければならなかった。


「その言葉を……ずっとお待ちしておりました。我ら一同、ローシェ帝国とイリアティナ女皇陛下に永遠の忠誠をお誓い申し上げる!」


 ロルドは胸に手を当て、深く頭を下げた。

 サカキと、ユーグ、ヴァレリー公爵もロルドに続いた。コンラード公爵は白い眉をひそませたが、同じく頭を下げ、恭順を示した。


 時代が大きく変わろうとしていた。


 ――預言の魔女編・完――



 ――後書き――


 ※預言の魔女編はこれで終わりです。しかし、預言の魔女ベクトラが表に出すことができなかった預言『ローシェ最高の美貌は近しいものに奪われた』はまだ有効です。

 次話より新章~翁衆編・陰に潜む妖たち~始まります。山吹の里襲撃の真相や、これから起こる事件の鍵を握る翁衆という存在を中心に話が展開し、後半から伏線がどんどん回収されていきます。


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