第52話 脱出と戴冠式
「早く、この結節点に入ってください」
3人は皇帝の言った通り誰にも咎められることなくデヘテルの屋敷まで戻って来ていた。
「君たちは?」
「私たちはやることがあります。馬車でこの国を脱出します」
「わかった、無事を祈る」
「デヘテルさん、ミンメルさん、どうもありがとう!ローシェで待ってるからね!」
ミンメルも初めて声を出した。
「はい!必ず!」
王女とサカキが結節点に入り、控えていた上級白魔導士が中に入って急いで閉じる。
結節点を削除して二度と使えなくし、痕跡も消す。
「よし、打ち合わせ通り、一族全員でこの国を脱出する!馬車に黒いリボンは付けたな?金目のものは全部置いていく!」
デヘテルの号令に合わせて彼の妻、娘、親戚数名と召使たちは馬車3台に乗り込み、夜の道を急ぐ。
時々衛兵たちとすれ違うが、黒いリボンを見て事情を察して見逃がしてくれた。
これで今回の侵入作戦の辻褄が合う。
デヘテルたちまでもが結節点を使うと、ローシェの差し金であることがバレてしまう恐れがあった。
これは、アラストルの貴族が娘を皇帝に差しだそうとして失敗し、国外に逃亡した、ただそれだけのよくある事件になるのである。
やがて城門に着き、馬車の窓からデヘテルが顔を出し、門兵たちに訴えた。
「夜逃げする!通してくれ!」
門兵は馬車に結ばれた黒いリボンを見て気の毒そうな顔になった。
馬車の中を見れば隣で娘がシクシクと泣いている。(嘘泣きである)
「そうか、皇帝の不興を買われたか。それはご愁傷さまだったな。
ストーダ様、しきたりなのですべての財宝は置いて行ってもらうことになっている。中を改めさせてもらいますぞ」
「承知しております」
と、大きな革袋を2つ、門兵の手に乗せる。アラストル金貨200枚ずつの大袋だ。
「よし、通れ!」
門兵は満面の笑みを浮かべてなにも調べずに通用門を開けた。
これだけあれば、仲間で分けても一生遊んで暮らせる。自分はツいている、と門兵はほくそ笑んだ。
ストーダ一族の馬車は国外へ脱出し、西へ向かい、途中からはローシェ辺境騎士団に守られながら5日後にはローシェ王国に到達する予定である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――戴冠式当日――
「アラストル軍歩兵隊、国境東南東に集結中!その数1万!」
「アラストル軍駱駝隊、国境東に到着!数5千!」
王城の軍事作戦室には次から次へと報告が入っている。
「予定通り、ユーグ隊は迎撃準備完了!」
「市民たちはすでに王城広場にて2万人が駆けつけております」
「魔法障壁、すべてのポイントに設置完了!」
「はい!今のところ予定通りだね!」
ロルドはなだれ込む報告を地図を見ながらチェックし、時には指示を出しながら忙しく働いていた。
王城には王国旗がそこここに掲げられ、白魔導士の巨大な写し鏡がいたるところに設置されている。
王城の外の商業区と遊興区には大道芸人や露店が出てどこもかしこも大賑わいである。
その賑わいの中、密かに動くのは夜香忍軍である。
四番隊は王城内の群衆の中に紛れ込む忍者を見つけ次第、だれにも悟られぬよう捕らえ、身ぐるみをはいで地下牢の一室に眠らせていた。
ヒムロは露店のおやじに変装……いや、素のままでどこからどう見ても焼鳥屋のおやじである。
「おいしい焼き鳥だよー、戴冠式を祝って大サービスだ、お安くしておくよっ!
あっ、そこの兄さん、おひとつどうだい?オマケしておくよ!」
ヒムロが焼き鳥串を通りがかりの男に差し出すが、男は一瞥もせずに去る。
ヒムロは後ろに控えていた部下に視線を投げる。
部下の忍者はひっそりと移動し、男の尾行を開始した。
三番隊は黒魔導士の存在を懸命に探っている。
黒魔導士部隊は、黒魔法を利用して上空からすでに城内に入り込んでおり、姿を隠して高位の攻撃魔法を撃つ準備を始めているはずだった。
王城の外壁には殺気を持つものをはじく障壁が張り巡らせており、外壁から侵入しようとした不審人物数十人がすでに昏倒し、捕縛されている。
12月16日午前8時。空には太陽が輝き、時折白い雲が薄い影を作った。
風が吹くと冷たさを感じるが日差しは暖かい。
王女16歳の誕生日を迎え、あと一時間ほどで喪が明ける。
――控室――
イリアティナ王女は最高礼装の純白のドレスに身を包んでいた。
それはまるで花嫁衣裳のようであり、事実、女王の場合は王国と結婚をする、という意味合いも持っていた。
戴冠式は騎士たちが忠誠を誓った大広間にて行われる。
冠を授けるのはイルミナ神殿の大神官長。老年の男性であり王女との付き合いも長い。
大神官長はすでに台の上で椅子に座って待機をしている。
その隣には5歳の少女が大神官長の膝に乗ったり、そのへんを走り回ったりしてはしゃいでいた。
それが今の白の巫女だった。
三番隊隊長ムクロは2名の白魔導士とともに黒魔導士たちの居場所を次々と突き止めていた。
「あちらです、あの木の上に2人!」
白魔導士が魔力の気配を察知した。黒魔導士は黒魔法で姿を消すことができるが、魔力は隠すことができない。
「参る!」
ムクロは縮地で黒魔導士の側にいきなり現れる。
「美しいお嬢さんたち、ここは危険ですよ、あちらでお茶でもいかがですか?」
とアラストル語で色気を帯びた声と視線を投げかけると。
「えっ」
「ああっ」
2人の黒魔導士はいきなりの呼びかけに驚き、姿を現してしまう。ムクロの優し気で美しい顔を見て固まった。2人とも黒いベールをかぶっており、目だけしか出していなかったが、たちまち瞳がうるみ、ぽーっとなっている。
黒魔導士はすべて女性である。
彼女たちは一生を帝国の魔女宮ですごし、戦争の時だけ外に駆り出される。
男と直接話をすることは許されていない上に、話をする必要があるときは、宦官が間に入って会話を取り次ぐという徹底した隔離であった。
つまり、男にまったく免疫がないのである。
「ああ、今忙しかったかな?邪魔しちゃってごめんね?
ワタシはムクロと言う。もしその気になったらいつでも遊びに来てね。歓迎するよ」
ムクロは連絡先を書いたメモを渡し、パチン、とウインクした。
黒魔導士たちはぼーっとしたあと、はっ、と気が付いて瞬間移動魔法で消えた。
消える前に1人が渡されたメモを懐に入れるところをムクロは見逃さなかった。
「よし、これでいい。彼女たちはしばらくは高位魔法は唱えられないよ」
黒魔法は強力であるが、その分精神統一が極限まで求められる。
心に少しでも乱れがあると、それが収まるまでは魔力が散って唱えられなくなるのだ。
三番隊の他の隊員たちも同じように黒魔導士を発見するたびに声をかけ、次々と黒魔導士たちが一時的な戦闘不能に陥っている。
このために、三番隊の忍者たちは忍軍の中でも特に美形ばかりが集められていた。
当初はケサギがこの役をやりたがったが、ロルドに『君は本当にお茶しに行っちゃうからダメ』と見抜かれていた。
「次、あちらの方向に魔力を感じます!」
白魔導士の呼びかけに「すぐ行く」と答え、ムクロは標的に向かって行った。
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