第48話 王女の幻体目:絶

 ――城内:王女私室――


「今日の上忍の戦い、姫はどう見ました?」

 サカキは剣客用の、袖も裾も長くてヒラヒラした着物風の服に着替えて王女の私室の椅子に座っていた。


 王女はその膝の上にちゃっかり乗っていてご満悦な顔である。とにかく意味もなく好きな人にくっついていれば幸せなお年頃だった。

「たぶんだけど、だいたいできそうな気がする……」


 やっぱりか、とサカキは心の中で大きなため息を付いた。


 異能:幻体目げんたいもくには級(クラス)があり、最も低い「序」から「下」「中」「上」、そして一番上の「極」まで5段階が一般的だが、王女はおそらくそのさらに上、特級というべき「幻体目:絶」の持ち主だ。


(※幻体目=自分のイメージ通りに体を動かすことができ、通常では不可能な高さのジャンプや素早い移動を可能にする)


 それは、見ただけで高度な技をすぐに実践できるほどの能力。

 素の姫にはそのための体力、筋力、瞬発力、反射神経すべてが揃っている。

 状況の変化にも対応でき、応用も効く。上忍ですらそこまでのクラスを持っている者は少ないのに。


「まず、忍術ですが、姫は絶対使ってはいけませんよ」

「ええー?」

「人が死ぬほどの強力なものです。たとえ試しでもだめです。失敗すれば自分が大けがでは済まない」


「……わかった」

 姫の声がしょんぼりしている。


「あと、手裏剣20連ですがこれも絶対ダメです」

「えーー!」

「手裏剣は3連までにしてください。あれは手の大きなムクロだからできる技です。あなたの小さな手では3枚が精いっぱいです」

「はあい」


 ムクロが使っている手裏剣は薄刃タイプで、5枚で普通の手裏剣1枚分の厚さしかない。それを4組同時に投げることで合計20枚の手裏剣を的に当てることができる。これは普通に投げるよりもはるかに高い技量を必要とする。


「あと長針は禁止。殺傷能力が高いですから。一度の跳躍も3ハロン(メートル)までにとどめてください。

 苦無は使ってもいいですが普段から持ち歩かないように。たまに俺と手合わせするくらいがいいでしょう」

「……しょぼん……」


 姫は不満そうだが仕方がない。今日上忍の戦いを見せたのは、姫の写景刻しゃけいこく(一度見たことは忘れない能力)と幻体目がどの程度までの再現率を持っているかを見たかったからが、まさか特級だったとは。


(やっかいな……)

 なぜ15歳の、秋津の国出身でもない少女にこれほどの異能が宿っているのか。


(まさか――)

 異能には大きく分けて2種類、生来のものと後天的なものとがある。

 目が良い、とか耳が良いという基礎的なものは生来が多く、幻体目のような高度なものは後天的に発現する傾向がある。


 今まで姫には体力も記憶力も人並み以上にあったが、サカキと出会ったことで異能、と言えるほど飛躍的に能力が成長し、発現したのではないだろうか。

 これは忍者の里でも稀に見られた現象だ。

 のである。

 また、桔梗の里には上忍が現れず、山吹の里にばかり集中している一因でもあった。


 サカキが考えを巡らせている間も王女は顔をサカキの胸に埋めている。残念なことに王女にはまだ色気はなく、恋人同士の甘い抱擁というよりは、木に蝉がくっついているような色恋とは無縁な雰囲気をサカキは感じている。


「どうしました?今日はいつもより甘えておられる」

 サカキは苦笑しながら絹糸のような王女の髪を撫でてやった。


「えへへ……」

 王女は少し笑ってから話し出した。


「あのね、忍者の平均寿命はとても短いって聞いたの」

「そうですね……35か36歳くらいでしょうか」


 ローシェ国民の平均寿命が55歳ほどなので、それと比べるとかなり短い。

 忍者は体力が衰え始めれば引退し、余生を小作民として生きることになるが、それは稀であり、体力が衰える前に命を落とすものが圧倒的に多かった。


「私、がんばるから。すごくがんばって忍者の平均寿命を55歳まで伸ばすよ……そういう国を作るから――」

「姫……」

 王女がそういうことを考えていたとは、サカキには意外だった。

 王女も昼間の形見の予約をする忍者たちのやり取りを見て思うところがあったのかもしれない。


「それは……ありがたいことですが、なかなか難しいかと。そのお気持ちはうれしく思います」

 と素直に感想を述べた。実現するには戦乱が世の中から無くならない限り難しいだろう、と思ったのだ。


 人が人である限り、争いはなくならない。どれほど優れた王が立とうと戦は必ず起こる。それは生れた時から忍者として生きて来たサカキの人生訓である。


「それからね、ちょっと内緒のご相談があるの……ごにょごにょ」

 王女が小さな声で伝える話に、サカキは驚き、頭を押さえた。

(ちょっとどころじゃないぞ)

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