第28話 上忍ケサギとムクロ

 ――松崎城御殿(城主の居室)――


「殿、もうこのようなお戯れはおやめください」

右近次うこんじ、そなたいつからそのような口を利くようになった」


 松崎藩城主脇坂泰時わきさかやすときは不機嫌な顔を右に控えていた武士に向けた。


 左に控えていた武士も続けた。

「某も同じ意見です。上忍があのような手で殺せるはずがありません。

 むしろ警戒を厳重にさせただけです。我らが騙した白魔導士が開けた結節点はすぐに塞がれてしまいました。次からは同じ手は使えませぬ」

左近次さこんじも言うのか。遊び心のないやつらよ……まあ、よい。それで、ミヤビは死んだか?」   


「はい、簡素な葬式がドルミラ村で行われました。サカキをはじめ忍軍の気落ちは相当なものでした。

 村にある塚にもミヤビの名が刻まれたことを確認しました。遺体は城の火葬場で焼却され、骨壺が村長の家に安置されました」

「ふむ。まああれだけ喉を深く掻き切ればたとえ治癒魔法があろうと助かるまい。死んだ者は生き返らない」


(ミヤビの血はサカキに十分なほど塗れた。次に会えば奴の体を奪えるだろう。ミヤビとサカキの間の信頼度も申し分ないはずだ)


 己の魂を相手の体に移して奪い取る、その恐ろしい異能の名は「屍四季舞ししきまい」という。


 発動条件は

 1.体を奪う者と奪われる者の間にある信頼関係の厚さが一定以上ある

 2.奪われる者に致死量に達するほどの生き血を浴びせ、三日間経過する

 3.三日間経てば身体を乗っ取ることができるが、記憶の移行は体を奪われたものの魂が霧散してから完成する。(※筆者注:条件の矛盾点を修正しました 2024/10/19)


 これらの条件を満たせば、他の体にいったん変わろうともいつでも体を奪える。

 奪われたものの魂は宙を彷徨い、3日たてば霧散する。


 この条件は、左近次も右近次にも詳しくは教えていなかった。特殊な異能は気安く他人に教えてはいけない。対処法が広まっては困るからだ。


「しかし、この体は重たくてかなわぬ。腹も出てみっともない。よくぞまあこんなだらしのない体で城主などやっていたものだ」

「かといって、トレーニングはおやめください」

「先日走ったおかげで腰と足首を痛めたでしょう」

「だめか……」

 左近次と右近次両方に言われ、泰時は悔しそうに唸った。


 ――剣客用コテージ1号棟:3日後――


 アゲハはいつものように身支度を整え、サカキの繋ぎとしての忍務を始めていた。

 今朝は同じ繋ぎの下忍からの報告を数件受けた。


(繋ぎの仕事って初めてで最初は慌てたけど、サカキさまが一から丁寧に教えてくれたし、最近は人数も増えて楽になってきたなあ。サカキ様って、里のときはいつも無表情で無口で近寄りがたい雰囲気があったけど、長く一緒にいると意外とよくしゃべってくれるし気を使ってくれるし……実は朝は苦手で起き抜けの眠そうな顔がかわいい……)

 などと緊張感ゼロであれこれ考えている。


 夜が明け、コテージ周りの木々から、明け方の光が窓から差し込んで来る。

 今日もよく晴れそうだ。


「遅かったな、ケサギ、ムクロ」

 サカキが窓際に立ち、振り返らずに言った。


 アゲハはいきなり部屋の真ん中に人が立っていて驚いた。

(いつの間に!?あ、上忍様たちだ、お茶淹れなきゃ!)


 部屋の中に長身の男が二人。

 山吹忍軍上の四・ムクロ。腰に届く亜麻色の長い髪をゆるく3つ編みにして背中に垂らしている。

 女性のような優しい顔つきで、所作も美しく、濃いスミレ色の瞳は常におだやかだ。


 隣に立つのは上の三・ケサギ。

 ムクロとは対照的に狼のようなフサフサの黒髪を一つにくくり、黒い瞳はまるでいたずら好きの童子のように光っている。

 男性的な魅力にあふれる風貌であった。


 アゲハはそそくさと3人分のお茶を淹れて戻ったが、3人の姿は見た時とまったく変わっていなかった。

(?)


 サカキもムクロもケサギも互いを険しい顔で睨むだけでまったく動かない。

 3人の周りだけ今にも嵐になりそうな暗雲が立ち込めているようだ。


 だが、その緊迫した空気は一瞬で消えた。


「「すいませんでしたーーー!!!」」

 と、ケサギとムクロが同時に土下座したのである。

 サカキはそれを見ても表情を動かさない。


 どうしたのだろう。

(サカキ様の表情がすごいこわい!)

 サカキはアゲハが今まで見たことないほどの怖い顔をしていた。今から暗殺に赴く忍者のような顔である。


「何が?」

 と、表情に反してそっけない口調でサカキが問う。


「何が……って、ミヤビを救出できなかったこと。お前、特にミヤビとは仲良かったよな」

「ほんっとうーにすまん!」


 サカキの顔が歪んだ。

「それは……あんたたちのせいじゃない。むしろ一番近くにいた俺がミヤビを止められなかったんだ。

 俺の方こそ申し訳なく思っている」


「じゃあ、やっぱりアレか?まだ怒ってるんだろう?6年前にオレたちがお前にしたこと」

「ちゃんと謝ってなかったよね?だからごめんね?ごめんね?」

 ケサギとムクロは床に正座して必死に訴えている。


 アゲハはなんだか2人がかわいそうになって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る