第27話 移り変わりの異能

 白魔法の治療もむなしくミヤビの瞳は再び開くことはなかった。

 ミヤビ担当の治療魔導士たちの証言で、城へミヤビを連れてきたものはケサギとムクロではなかったことがわかった。


 ミヤビの形をしたものが2人の山吹の忍者装束を着た者に連れられ、その忍者たちがケサギとムクロと名乗ったのだった。

 オボロ、ハヅキに続いてミヤビまでも失い、山吹の忍者たちに衝撃が走った。

 復興の兆しに、ようやく上を向き始めた未来が、再び打ちのめされたのである。


 葬式は山吹の里人の生き残りたちが住んでいるドルミラ村で行われた。

 里人の生き残りの者たちがみな参列し、強くて美しい、そして優しいくノ一を永遠に失ったことを悲しんだ。


 ――宰相執務室 翌日――


 サカキが重々しい心のままロルドに事の顛末を報告する。

「とうとう城内にも入り込みはじめましたか……結節点の使用条件を変えないとですねえ。それと警備も増強しましょう」

 ロルドも考え込んでいる。


 城内の結節点に侵入者たちを招き入れたのはローシェの下級白魔導士ダリルという男で、彼はミヤビとケサギ、ムクロの名を聞いてそれを信用してしまった。

 しかも口車に乗せられて帰りの分まで彼が控えていたのだった。


 騙されたことを知ったダリルは両手で顔を覆って泣き崩れた。彼の優しい性格が仇となった。

 だが、いくら後悔しようと一人の命が失われてしまった。

 彼は減俸3か月の処分に処された。


「承知しました。忍軍は現在40名揃いましたので、10名を城内警備に回します。

 それと――今回の侵入者が使った異能の対処をどうすればよいか、相談したい」

「人の体を乗っ取るとか?本当にそんな異能が存在していたのですか」


「目の前ではっきり俺は見ました。ミヤビが自分で喉をかききって死んだ瞬間、中庭の植え込に隠れていた武士が3人走り出した。2名は知らぬ者だったが1人は……」


 サカキは言いよどんだ。自分でも信じられないのだ。

「――脇坂泰時わきさかやすときでした」

「ええ?!」


「俺の耳目に間違いはない。あれは元の我ら山吹の里の藩主泰時だ」

「脇坂って、龍田藩(山吹忍軍が所属していたが今は桔梗忍軍とともに解散させられている)の松崎城城主様でしょ?」


「そうです、だがあの走り方は泰時とは似ても似つかない武士のものだ。ミヤビが死んだと同時に泰時の起き上がる気配がした。潜んでいた3人の内、1人は確かに死体だった。……仮死状態だったのかもしれませんが」


「……突飛すぎて信じられないけど、誰かが他人の肉体を乗っ取りながら山吹と桔梗を滅ぼし、松埼藩を支配していると?」

「そのようです。肉体を乗り移るとき、近くに別の肉体が必要なようだ。わざわざ危険をおかして泰時の体を持ってきたわけですし。


 ただ、ミヤビの顔をしたものは気になることを言ってました。『あれはオボロではない、別人だ』と。それは俺も感じていました。ひょっとしたら俺に暗殺忍務を命じたのは本物のオボロで、里を襲撃したオボロはミヤビに乗り移っていた者と同一人物かもしれない。なぜそんな重要なことを偽のミヤビが言ったのかわからないが、俺を信じさせ、油断させようとしたのでしょうか」


「その線が確率が高そうです。しかし、なんという恐ろしい異能だ……」

 ロルドの顔が真っ青だ。


 サカキが続ける

「あの手の特殊な異能は、かならず何か条件があるはず」

「思い通りひょいひょい乗り換えはできない、と?」


「ええ。それができるなら、ミヤビから俺に乗り換えてたと思います。わざわざ危険を冒してローシェまで乗り込んで来たのだから、俺に用があったはず。俺は今は秋津には戻れませんからね。

 

 彼らはローシェもターゲットにしている、と今回の行動から判断していいと思います。俺はロルド様にも姫にも近いところにいる。本当にそれが目的かどうかはまだわかりませんが」

「なるほど……ふむ」

 ロルドが手を顎に当てて考えている。


(ひょっとしたら俺の次は姫が標的かもしれない……)

 そこまで想像してサカキはぞっとした。

 あり得ない話ではない。


(何者かが身体を奪いながら動いているのなら、オボロは裏切ってなどいなかったことになる……指輪の件を付け加えた理由はまだわからないが)

 ほっとすると同時に怖気が走る。そいつの目的はいったいなんだ?情報が欲しい。まだまだ足りない。


「わかりました、ローシェ側の情報部にも共有しておきましょう。あと、サカキ君」

「はい?」


「君、2・3日休暇取って。ここに来てから一度も休んでないでしょう?」

「いえ、今休んでいる暇は……」


「今回の事件のことは私に任せて。だって、君の顔、ひどいよ?目の下にクマがくっきりできてヒムロ君みたいになってるし、顔色が悪くてヒカゲ君みたいだよ」

「そんなに……ですか?」

 サカキは両手で頬を覆った。ショックだ。


「緊急時に備えて万全の体調を整えておくのも忍者の基本でしょ?

 今日は早く寝て、明日から明後日までローシェの城下町を散策してくること!雇い主命令です!」


(そんな気分ではないのだが……)

 と心で思いながらもサカキはしぶしぶ承諾した。


 実際、サカキの荒れ様はひどく、ヒムロがロルドに進言していたのだった。

 ミヤビは過去に重傷を負ったサカキを彼女の異能「春誕鬼しゅんたんき」で欠損した部分すらも再生し、完治させてくれた恩があった。

 ただし、この異能は1人に付き1回限りで、同じ人間に対しては2度目は拒否反応が起こるため使えない、という条件がある。


 命の恩人でもある彼女が体を乗っ取られるなどサカキには耐えがたく、誰もいないところで拳を木に何度も殴りつけたり、丸一日一睡もしていないのをヒムロにはバレていたらしい。


「あ、そういえば、忘れてましたがサギリ(不運な中忍・里襲撃のときに首の骨を折って長く療養していた。サカキの幼馴染でもある)はどうしました?あのときミヤビの病室で落ち合う手はずでしたが」

「あー、サギリ君ね、ちょうど庭を病室に向かって歩いているときに、曲者3人と出くわしちゃって、彼らに踏まれて肋骨3本折れてまた病室に逆戻りしました」


「……彼を一度お祓いに連れて行ったほうがいい気がしてきました」

「いい神殿、紹介するよ」

 ロルドもコクコクとうなづいた。

 不運にもほどがある。

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