第25話 上級白魔導士ゾル

 ――剣客用コテージ1号棟居間――


 アラストル帝国の関係者のかなり精密な写し絵を持って来たのは、剣客用コテージ管理棟副主任にして上級白魔導士のゾル17歳だった。

 ちょうどいい機会だ。


「ゾルさん、少し話があるのだが」

「ゾル、でけっこうです。なんでしょう?」

 やはりゾルは不機嫌な顔をしている。


「レイスル邸で足をかけて転ばせてしまってすまなかった」

「あれが僕だってご存じでしたか」

 顔が兜でほとんど見えない衛士の恰好だったが、サカキには造作もないことだ。


「……勘で」

 ということにしておいた。


「そうですか、いえ、あのときは僕が頭を床にぶつける寸前、サカキ様が手を出して受けてくださったのでケガをせずにすみました。なのでお気になさらず」


「そうか。ならなぜ俺にだけ不機嫌なんだ?」

 サカキは直接切り込む。


「えっ?い、いや、別に……気のせいですよ、気のせい!」

 そう言うとドアを開けてピューっと出て行ってしまった。


「お茶が入り……あら、ゾルさん、帰っちゃいました?」

 アゲハが台所から3人分の紅茶を運んで来た。


「気になるな……俺は彼に何をやらかした?」

「はい!クラウスさんに聞くのがいいと思います!あの方、なんでも知ってらっしゃる」


「そうするか」

(ゾルがクラウスの息子であることを隠しているのも何かわけがありそうだ)

 サカキは匂いで家族かどうかもわかるのだった。

 この『鼻が利く』というのを異能、とするにはかなり微妙だったし、人にわざわざ言うことはない、とサカキは思っている。基本的に異能は他人には教えないのが忍者の通念だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 せっかく淹れた、ということでサカキとアゲハは3人分の紅茶を持って管理棟のフロントへ行くと運よくクラウスがいた。

 彼はどんな時間帯でもいつもにこやかに迎えてくれる。

 サカキとアゲハはフロント横にあるカウンターバーの椅子に座った。

 ここは24時間スタッフが数人いて、飲み物と、頼めば軽い食事も出してくれる。


「ゾル、……ですか?サカキ様にだけなぜかあたりがよくないと。それならたぶん、2つ理由がございますね」

 クラウスの返事にサカキとアゲハは驚いた。

「2つも?」

 まったく身に覚えがない。


 アゲハが淹れた紅茶を飲みながらクラウスは笑みをたたえたまま言う。

「殺気と武装のバリアを、サカキ様がアッサリ突破したからでしょうね、あのバリアは彼が考案したものだったんですよ」

「彼が……だからか」

「あー……」


 サカキも納得する。たまたま、とはいえサカキの侵入を王女の寝室まで許してしまったのである。

 ゾルにとってはショックな事だったろう。


「あと1つは?」

 クラウスはアゲハの顔をチラリと見てからサカキの耳元に口をよせて。

「それはですね……ゴニョゴニョ」


「え、私には内緒なんですか?なぜー?教えてくださいよお」

 アゲハの口がヘの字に曲がっている。


 サカキはなるほど、アゲハには言えないな、と思った。

「アゲハ、これは男同士の話だ。そなたは知らないほうがよい」

「ええー」

 と不満そうである。


 なんのことはない、ゾルはどうやらアゲハに恋心を寄せているらしいとのことだった。

 サカキが常にアゲハを従えているのでうらやましいのが半分と、心配半分だろうとクラウスは言った。


(そうか、もし房中術の訓練をアゲハが希望したら行うつもりだったが、それはやめておいたほうがよさそうだな)

 とサカキは密かに思ったのだった。

 殺気には敏いが恋心には疎いサカキである。


「ほかにまだ聞きたいことがおありではないですか?」

 品のよい仕草で紅茶を飲みながらクラウスがほほ笑む。


 サカキとアゲハは自分たちも優雅に飲めるよう彼のマネをしながら飲んだ。

「差支えなければ、でいいのだが、ゾルさんはあなたの息子さんだな?隠している理由を聞いてもいいだろうか?」

 本当なら他人の家庭事情に首を突っ込むのは失礼だが、サカキは忍者である。

 疑問点は解決しておくのが本分だ。


「……よくおわかりに。そうです彼は私の一人息子です。

 私は隠したいわけではないのですが、彼が言わないでくれ、と言いますのでね」

 クラウスが寂しそうに言った。


「彼が隠したいと……」

「ええ。私は昔はそれなりに名の通った白魔導士でしてね。今はもう引退していますが、それを周りに指摘されたくないようです」

「親の七光りだと思われたくない――か」


 クラウスが銀髪に近い灰色の髪なのは年齢のせいか。ゾルの髪は赤味のある金髪でゆるやかなウェーブがかかっている。

 勝気そうな緑色の瞳は、クラウスと同じ色だが目つきの印象がかなり違う。たいていの人は家族だ、と紹介されない限りわからないだろう。


「わかった、今俺が聞いたことは彼には内緒にしておいてくれ」

「かしこまりました。この紅茶、大変おいしゅうございました。ごちそうさまです」

 クラウスは右手を胸にあて、恭しくお辞儀した。

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