忍者は三色の姫と踊る ~忍者と騎士と白魔導士の国ローシェ物語~【修正版】

上田ミル

~預言の魔女編~

第1話 急な忍務

 ――秋津の国→フランツ公国 初秋――


 満月が煌々とあたりを照らしていた。


忍務にんむには不向きな夜だ……)

 サカキは物陰に身を潜めながら己の影の濃さにため息をつき、行き交う衛兵の数の多さに眉をひそめた。

(ただの商家にしては警護の規模が大きすぎる。身なりは粗末な私兵や傭兵の装いだが……)


『フランツ公国の商家の娘・マデリーン・レイスル(15歳)の暗殺と右手薬指に嵌めている青い石の指輪の奪取・期限は夜明けまで』

 これが今回のサカキの忍務である。依頼主をこちらから問うことはないので不明。


 忍務の内容は山吹忍軍最強の忍者オボロが直接説明した。

 階級は上の壱、40歳は忍者としては最年長の世代である。

 いつもは穏やかで落ち着いた態度を崩さない彼が困り果てていたのを思い浮かべる。


『今から、でございますか』

『すまないね、サカキ。本来なら上忍の君に頼むような内容ではないが、この依頼を遂行できるのは君しかいない』


 サカキは戦国の世にある秋津国あきつのくにの忍者である。

 味方の軍を有利に導くための情報収集が主な忍務であり、時には最前線で刀を振るう。


 階級は上の五。総勢65名の忍軍の6人しかいない上忍の上から5番目の戦闘能力を持つ。

 21歳の若さでそこまで上りつめたのはサカキだけだ。

 そんな彼の忍務が、戦とはまったく関係のない外国の商家の娘を暗殺する、というのは理解しがたい内容だった。


 しかし、出された命令を拒否する選択は忍者にはない。

 サカキはうなずき、用意されていた地図と邸内の見取り図を一瞬で頭に入れ、蠟燭の火で燃やした。

 愛馬に荷物を積み、夜の空の下、単騎でフランツ公国の国境を越え東に向かう。


 途中で民家から農夫の服を拝借し、頭は細く割いた布を巻いて頭部と口元を覆った。長身細身のサカキに合わない服に辟易へきえきしながらレイスル家の邸宅の天井に忍び込んだ。


 警備の尋常ではない多さから、標的の娘は商家ではなく恐らく貴族、しかもの類であろう。

められたか……)

 足元が崩れるような悪寒を味わいながら、娘が寝ているはずの寝室へ足を進めた。


 フランツ公国の商家には秋津の家のような天井板はない。

 代わりにむき出しの太い梁が何本も組まれていて身を隠すには都合がよかった。


 サカキは思案した。

 大貴族の娘を殺せばフランツ公国は下手人を見つけるまで追うだろう。

 殺さずに戻れば忍務失敗でなんらかの罰が下る……降格か、いや、それだけで済むとは思えなかった。

 最初からサカキを罠にめる算段なら、公国に身柄を引き渡す可能性もある。


 数瞬考えて結論を出した。指輪だけ奪っていったん里へ戻る。

 危険ではあるが、オボロも何も知らずにこの忍務をサカキにまわした可能性も捨てきれない。

 だから直接問うてみたかった。


 そもそも、サカキを殺す目的ならば1対1になったときにオボロの異能(特殊能力)を使えば自分は何もできずに殺されていたはずである。

 オボロは周囲にいる人間の行動を停止させる異能「冬刹とうさつ」を持っている。(※異能=秋津の国民に見られる特殊能力。一般的なものから特殊なものが多数存在する)

 里に戻ったところですぐに殺されるとはサカキには思えなかった。



 天井の明り取りの窓から差し込む満月の光がサカキの影を梁に長く落としている。

 影が床に落ちぬよう梁の上をゆっくり進み、目的の部屋へ達すると、音を立てずに着地した。


 サカキは完全に気配を消す能力は持っている。

 しかし、外国人にどのような能力があるかは不明なので慎重に行動する。


 標的の娘の寝室はかなり広かった。

 部屋の中央は分厚いカーテンで仕切られていて、標的の娘の部屋の向こう側にはベッドが3つ、それぞれに侍女とおぼしき女が不用心にも三人とも寝息を立てて寝ていた。


 サカキは侍女たちの部屋の真ん中の床に眠り香を炊いた。

 甘い香りが部屋満ちる。

 しばらくは物音がしても目が覚めないはずだ。


 目的の娘は一番大きなベッドに首元まで毛布をかけ、すやすやと寝息をたてている。顔は向こう側を向いているために見えなかった。右手はいい具合にベッドからはみ出て下に垂れている。


 爪の先まで丁寧に磨かれた、細くて美しい手だった。

 商人の娘の手ではない。

 サカキは息を止めて彼女の右手薬指に嵌っている青い宝石のついた指輪に手を伸ばした。


 その瞬間。

「!!」

 美しい手が動いてサカキの手首を掴んだ。

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