第89話

「スー、好き……大好き」



ただ、目の前で自分を好きだと言ってくれる愛しい沙那に、触れたいと強く思ってしまった。



沙那を目の前にすると、絶対的だった理屈も理性も、全てが吹き飛んでしまう。



「……沙那」



無意識に、沙那を抱き寄せていた。



沙那の潤んだ瞳と目が合い、引き込まれていく。



「沙那……愛してる」



純は引き寄せられるように、沙那の小さな唇に、自分のそれをそっと重ねた。



しばらくしてから名残惜しそうに唇を離し、



「あっ……!」



我に返った純は、慌てて沙那の体を離した。



自分の右手の甲を、まだ沙那の柔らかな感触が残る唇へと当てた。



(――俺は今、一体何をやらかした……?)



自分で自分が理解出来ず、沙那の様子を横目でちらりと窺う。



「……っ」



沙那も沙那で、何が起きたのか理解出来ずに、右手で自分の唇を覆ったまま微動だにしなかった。



沙那に嫌がられたかもしれない、と一瞬考えた純だったが、



「……」



顔を真っ赤に染めて俯いている沙那からは、嫌悪している様子は感じられなかった。



沙那自身にも無意識にとは言え、純をあおってしまった自覚はあったので、このことを責めるつもりは全くない。

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