第90話

「……あの……沙那……すまない」



沙那の顔を真っ直ぐに見られず、俯いたまま言った純。



膝の上で握られた両の拳が、小刻みに震えていた。



それを見た沙那は、



「謝らないでよ……」



純の右手の拳に、自らの左手をそっと重ねた。



「!」



純は反射的にその手を払いのけてしまい、



「……!」



沙那はまた傷付いた表情を見せた。



「……俺の手は汚れているから」



フォローを入れようと言葉を紡ぐが、何と説明していいのか分からない。



沙那とのことは、分からないことが多すぎる。



「こんな手では、沙那に触れられない」



祐也に説明した時のように沙那にもきちんと話したいのに、軽蔑けいべつされるのが怖くて曖昧あいまいな言い方しか出来なかった。



「……」



沙那はしばらく純の手と顔を交互に眺め、



「ねぇ、スー?」



再び純の手を取った。



今度は簡単に振り払われないように、少し強めに。



純の右手を沙那が両手で包み込み、そこへそっと頬を擦り寄せた。



「なっ……」



慌てる純に、



「こんなに優しくてあったかいスーの手が、汚れてるわけないじゃん」



沙那は優しい眼差しを向けた。



「スーに触れられるとね……安心するんだよ、私」



そして、にこっと微笑んだ。

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