第72話

「……沙那を、傷付けて泣かせてしまった」



ぽつりと独り言のように呟いた純に、三上ははっとしたように純の顔を見た。



……今にも、泣き出しそうな顔をしている。



「沙那ちゃんって……あなたがいつもファンレターの中から探していた名前の子ね?」



「……」



「何をしたの?」



「……」



まるで小さな子供のようにだんまりを決め込む純に、三上は小さく溜息をついた。



純と出会ってから今まで、親のいない純の母親代わりを務めてきた。



過酷な環境で育ってきたにもかかわらず、ひねくれることもなく、反抗期らしい態度も見せたことがなかった。



そんな純が、いきなりこの態度である。



子供よりタチが悪いかもしれない。



どうしたものか。



「そうだ、桐生。お腹空いてない?」



「……何も食べたくない」



「……」



ダメか。



悩んでいる間に、純に布団を奪い返され、また巨大な蓑虫みのむしのようにくるまってしまった。



「あっ、こら!」



「……」



剥ぎ取ろうとしても全力で抵抗され、上手くいかない。



攻防戦が続く中、



――ピンポーン……



玄関のチャイムが鳴った。



とりあえず純を放置し、インターホンのカメラをチェックしに行く。



明るい茶髪の、女の子のような可愛い顔をした若い男性が映っていた。



その特徴を純に伝えると、



「……居留守を使ってくれ」



と一言だけで言われたので、三上は笑顔で客人を招き入れた。



ズカズカという足音と共に、



「おい桐生! なんでお前が沙那泣かしてるんだ!」



祐也の怒号が響き渡った。

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