第71話

沙那を泣かせてしまったその日の翌日。



純は大学の授業を休み、昼を過ぎてもベッドの上で布団にくるまって寝ていた。



寝ていたとは言っても、横になっているだけで昨晩から一睡もしていない。



目を閉じると、沙那の傷付いた顔が浮かんで眠れなかった。



ベッドの中でただただ瞬きを繰り返していただけだったが、



――カチャンッ……ガチャッ……バタンッ!



玄関扉の鍵の開く音と、扉の開閉音が聞こえてきた。



そして、誰かの足音が真っ直ぐ寝室へと向かってくる。



「!」



純は慌てて布団を頭の上まで引っ張って被り、顔を隠した。



「きぃりゅうー!!」



寝室の扉が勢いよく開くのと同時に響く女性の声。



純の被っていた布団を力尽くでぎ取り、その顔を覗き込んだ。



「しばらく仕事はしたくないって、どういうこと!?」



「……」



純の目の前で、妙齢に見える美女が純の布団を掴んだまま鬼のような形相をして立っていた。



上品でお洒落な紺色のパンツスーツに身を包み、髪型は綺麗に切り揃えられた黒のボブヘア。



サラサラの髪の隙間からは1粒ダイヤのピアスが光り、それ以外の宝飾品は腕時計のみというシンプルさ。



誰がどう見ても美人だと思えるその美女は、



「……おはようございます、三上みかみさん」



三上 叶和子とわこ



純がまだ中学2年生だった頃に出会い、モデルの世界へと導いたスカウトウーマン。



そして、純が所属する芸能事務所の敏腕社長でもある。



「もうお昼よ! 学校までサボって何してるのよ!」



純から『しばらく仕事はしたくありません』というメールを受け取った三上が、慌てて純の一人暮らしをしているマンションの部屋まで乗り込んで来たのだ。



「……行きたくなくて」



「子供みたいなこと言わないでよ!」



今まで、どんなに熱が出ていようと学校も仕事も1度も休んだことなどなかった純。



初めて休んだ理由が『行きたくない』とはどういうことなのか。



理解が追い付かず、三上は頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る