憂色。

第66話

沙那を抱き締めて眠った日の翌朝からずっと、なんだか沙那の様子がおかしい。



最初は、あの日のことは夢か何かかと思っていたのだが、沙那の様子からしておそらく現実。



嫌われてしまった感じではないのだが、少し距離を置かれているような気がする。



「沙那の送迎して、なんで関係が悪化してんの?」



大学に登校する途中で出くわした陽に、純は険しい顔を向けられた。



ここ数日の、沙那と純の態度を見ていての質問だろう。



「それは俺が聞きたい」



本音がポロリと零れた。



「沙那に何かしたの?」



陽の質問に、



「……」



嘘をつけない純は黙った。



全く何もしていないと言えば嘘になる。



「まさか、いきなり押し倒してキスしたとか」



「そこまではしていない!」



慌てて強い口調で否定した純に、陽は驚いて目を見開いた。



「そこまではってことは、多少のふしだらなことはしたんだ?」



「……ふしだら……」



自分が沙那にしたことは“ふしだらなこと”に値するのか。



それは相当ショックである。



「え? ちょっと、冗談でしょ」



純の落ち込みように慌てた陽が、左手で純の右肩をバシッと叩いた。



正門から校舎へ向かう途中の道で仲良さげにしている2人の後ろ姿を、



「……」



少し離れた所から沙那が黙って眺めていた。



いつもなら、『おはよう』と声をかけて会話に加われるのに、何故か今はそれが出来ない。



2人がどんな話をしているのかも分からなくて、置いていかれたような気持ちになる。



沙那が純のことを好きなのだと自覚してから、何もかもがおかしくなってきている。



友達の陽に嫉妬するなんて、自分はなんて心が狭いのだろう。



胸をぎゅっと押さえ、俯いて歩いていると、



「あ! 沙那、おはよー!」



後ろの沙那に気付いた陽が、笑顔で手を振ってくれた。



「おはよ、陽!」



渦巻く気持ちを押し殺し、沙那も笑顔で応えた。



「……スー、おはよ」



「あ、あぁ……おはよう、沙那」



ぎこちない挨拶を交わす沙那と純の隣で、



「……もどかしすぎてイライラしてくるわ」



陽は誰にも聞こえないような小声で呟き、はぁーと大きな溜息をついた。

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