第65話

純に抱き締められると、不思議と恐怖心が安心感へと変わった。



ずっと忘れてしまっていた過去のトラウマを思い出し、到底1人では眠れないと感じた沙那。



自分が非常識なお願いをしている自覚はあったので、家族が目覚めるより先に起きて自室に戻る必要があった。



両親に見つかれば、純に迷惑がかかってしまうから。



目覚まし時計をセットしていなかったが、純のお陰でぐっすり眠れた沙那は、夜明け頃に自然と目が覚めた。



純を起こさないように、彼の腕の中からこっそりと抜け出し、部屋を出た。



そして、自分の部屋のベッドに潜り込み、目を閉じる。



途端に、事件当時の感覚を思い出して体が震え始めたが――先程まで感じていた、純の温もりを必死で思い出す。



そうしていると、自然と体の震えは治まった。



(……もしかして私、スーのことが好きなのかな……?)



そう思った直後、



「!」



ボンッと顔に火がついたかのように、一瞬で頬が熱くなった。



(……えっ、嘘? どうしよう!?)



自分から純に抱き付いたり、抱き締めてもらいながら眠りについたり……思い出しただけで、とてつもなく恥ずかしい。



冷静になって考えると、好きでもない女から変なことを頼まれて、純からしてみればかなり迷惑だったはずだ。



あまりに非常識な行動をした自分が情けなくて、泣きそうになった。



二度寝をするつもりだったのに、全く寝付けない。



そうこうしている間に、幸江が皆より早く起き出し、朝食の準備を始める音が聞こえた。



「……」



沙那はボサボサ頭のままむくりと起き上がり、幸江の手伝いをするため台所へ向かった。



一方その頃、同じく幸江の物音で目覚めた純は、



「……沙那?」



自分の腕の中から沙那が消えていることにショックを受け、



「……」



昨夜のあれは、自分の願望が造り出した夢だったのだろうかと落ち込んだ。



そんなことを露ほども知らない沙那は、幸江と共に、皆の分の朝食作りにいそしんでいた――

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