第63話

沙那の気が済むまで、抱き締めたまま頭を優しく撫でていた。



しばらくそうしていると、落ち着いてきたのか沙那が純からそっと体を離した。



それを少しだけ残念に感じながらも、



「大丈夫か?」



沙那に優しく問いかけた。



「うん……でも、スーにお願いがあるの」



潤んだ瞳で見上げられ、純は沙那のお願いなら何でも叶えてやりたいと思った。



「……今日は、ここで一緒に寝てもいい?」



「……え?」



一瞬、沙那の話す日本語の意味が理解出来なかった。



「“あの時”みたいに、一緒に寝て欲しいの」



沙那の言う“あの時”とは、沙那が男に襲われた日の夜のこと。



純と離れたくないという沙那の我儘わがままを聞き入れて、今と同じこの部屋で、震える沙那を抱き締めるようにして眠ったのだ。



当時はお互いに子供だったから出来たこと。



だが、それを今するとなると、沙那にその気はなくても意味が違ってくる。



「それは……出来ない」



「なんで?」



また潤み出す沙那の目を、純は真っ直ぐ見ていられなくて目をらした。



「あの時とは違って、お互いにもう子供じゃないんだ」



「……」



「それに俺は、沙那にとって恐怖の対象である大人の男なんだぞ?」



言いながら自身の言葉に傷付く純に、



「スーは違うもん!」



沙那は慌てて否定した。



「スーは怖くないもん」



再び純の胸に顔を埋めるようにして抱き付いてきた沙那に、



「……!」



純の理性がぐらりと揺らいだ。

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