第62話
「沙那……入らないのか?」
部屋の入口で立ち尽くす沙那に、純が恐る恐る声をかけると、沙那ははっとしたように部屋に入り、静かに襖を閉めた。
「どうした?」
純が優しく訊ねると、
「あのね……昔の写真、持ってきたの」
沙那は胸に抱えた赤い冊子をギュッと強く抱き締め、先程まで父が座っていた座布団の上にストンと座った。
「写真?」
「家族皆で、スーのこと私に隠してたでしょ?」
まだ目を潤ませつつもプンスカと怒る沙那が可愛らしい。
「スーの写ってる写真まで別のアルバムに隠してあってね、さっきお母さんが白状して持ってきたの」
「……」
昔の写真まで隠すとは、なかなか徹底されている。
「どうせなら、スーと一緒に見ようと思って持ってきたんだけど……」
言葉を区切った沙那の両目から、ぽろぽろと涙が零れ始めた。
「!」
「スーとお父さんの話……聞くつもりなかったんだけど、聞こえちゃって……」
「沙那……」
沙那の涙を拭いてやろうと、沙那の体を抱き寄せようとして――
「……」
自分も沙那にとって恐怖の対象であることを思い出し、触れられなかった。
「……あの時、スーの体から血の匂いがしてて、凄く怖かった……」
「……あ……」
やらかした、と思った。
折角忘れることが出来ていたのに、思い出させてしまった。
「……沙那……」
小刻みに震える彼女を、抱き締めて安心させてやりたい。
でも、男である自分にはそれが出来なくて、唇を噛み締めた。
その直後、胸に何かがぶつかるような衝撃を感じ――
「……沙那!?」
沙那が純に正面から抱き付いてきたのだと理解するまでに数秒を要した。
「スーが死んじゃったらどうしようって、凄く怖かった」
「……」
状況が飲み込めず、純の脳内では大パニックが起きている。
「スーが助けてくれなかったら、私……」
沙那の涙声が、純の理性を奪い去る。
気付けば、沙那の体を思い切り抱き締めていた。
「沙那が無事でいてくれて、本当に良かった」
「ありがと……」
沙那は純の腕の中でしばらくの間ぐすぐすと泣いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます