第61話

「本当に、君には感謝してもしきれない」



深々と頭を下げる弘貴に、純は珍しくあたふたした。



「頭を上げて下さい! 俺……僕は沙那さんを守りたかっただけなので」



それ以外に言葉が見つからなかった。



「……ありがとう」



弘貴は優しく微笑むと、ふと部屋の壁に掛かっている時計を見上げた。



時刻は夜10時を少し過ぎていた。



「沙那に聞かれるのは良くない話だからね、俺はそろそろ戻るよ」



「あ、はい」



「これからも沙那のこと、よろしくね」



最後にそう告げて襖を開け、静かに部屋を出ようとして――



「あ……」



襖の前に、分厚い冊子のようなものを抱えた沙那が、目を潤ませながら突っ立っていた。



「さ、沙那……」



弘貴の上ずった声に、



「!」



純は慌てて部屋の入口を見た。



「何か……聞いてた?」



弘貴の質問に、



「……ううん」



沙那は目に涙を溜めたまま首を横に振った。



「そっか……じゃ、俺はもう寝るから……おやすみ〜!」



逃げることを選択した弘貴の行動は素早く、声をかける間もなく姿を消した。



最低な親父だな……と純は心の隅で少しだけ思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る