第60話

幸いなことに純の背中の傷はそんなに深くはなく、消毒をしてガーゼをあてるだけの処置で済んだ。



意識も戻り、特に異常はなさそうなので帰宅してもいいことになった。



しばらく経ってから聞いた話だが、沙那の口周りや首元に付着した体液から男のDNAが検出されたことにより、沙那に対する強制わいせつの罪と、純に対する傷害の罪で男は逮捕されたという。



犯行動機については、



「大学受験の勉強でストレスがまっていた。小さな女の子に興味があった」



と話していたらしい。



目の見えない沙那になら何をしても分からないだろうと判断し、ターゲットを沙那にしたという。



事件自体はそれで解決はしたのだが、沙那の心には深い傷が残ってしまった。



大人の男性に対する異常な恐怖心と、そして事件当時の記憶の喪失。



忘れることで自身をまもっているのだから、無理に思い出させる必要はない。



医師もそう判断したので、沙那の前でこの話題は出さないと家族皆で決めた。



表面上、なかったことのように振る舞ってきた。



それでも、純の背中の傷は綺麗に消えることはなく、今もまだうっすらと残っている。



その傷が原因で、モデルの仕事でも写真集の仕事でも、上半身裸の状態で撮影する時は背中の撮影はNGとなっている。



あまりにもメディアに背中を見せない純に対して、世間ではとある噂も流れている。



『桐生 純の背中には、刺青いれずみがある』



と。



純本人は全く気にしていないが、沙那の両親がこの噂をテレビで初めて知った時には酷く胸が痛んだ。

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