第59話

純はすぐに男に胸ぐらを掴まれて床へと叩きつけられた。



「ぐっ……!」



(もし今殺されたら、沙那を守れない……!!)



焦った純は、左手に当たった細い棒状のものを咄嗟とっさに掴み――男の右目に向かって突き立てた。



「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」



あまりの激痛にわめきながら、赤い涙を流す男の右目に突き刺さっているのは床に散らばっていた鉛筆だった。



咄嗟のこととは言え、恐ろしいことをしたのだと自覚した純だったが、今はそれを眺めている場合ではない。



純は自分の着ていた上着を脱いで沙那に着せると、その手を引いて部屋を出ようとした。



が――



「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」



喚き続けていた男が、手にしていた果物ナイフを闇雲に振り回し始めた。



沙那に気を取られて気付くのに一瞬遅れた純の背中を、ナイフがかすめた。



「うっ……!」



薄いTシャツ1枚しか着ていなかった純の背中から、血がにじみ始める。



「スー!?」



純の血の匂いを察知した沙那が、心配そうに純の体に触れようとする。



「いいから走るぞ!!」



痛みをこらえながら、沙那の手を引いて走り出す。



目の見えない沙那を気遣いながら階段を駆け下り、靴も履かずに玄関から飛び出した。



そこから少し走り出した所に、偶然犬の散歩中だった近所のおばさんに出くわし、助けを求めた。



それからしばらく先のことを、純は覚えていない。



背中の痛みと精神的なショックで気を失ったらしく、気が付いたら病院のベッドで寝ていたから。

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