第56話

食後のあと片付けを申し出るも幸江に断られ、しかも一番風呂に入るように勧められて断ったのだが、却下された純はお言葉に甘えて先に入浴させてもらった。



入浴を済ませ、あてがわれた部屋に戻ると、部屋のエアコンが点けられていて布団までかれてあった。



まるで旅館にでも来た気分だ。



ふかふかの布団の上に座るのも何だか気が引けてしまい、部屋の隅に置かれていた座布団の上に腰を下ろした。



「ふむ……」



沙那の家族は何故こんなにも手厚くもてなしてくれるのか?



有名人だから?



いやでもサインや握手を求められる様子もないし……



何故だろう?



特にすることもないので、ずっと考えにふけっていると、



「純君、入ってもいいかな?」



襖の外から弘貴の声が聞こえた。



「あっ、はい!」



襖を開けようと慌てて立ち上がると、弘貴が自分で襖をすっと開けて入ってきた。



「少し話せるかい?」



「はい……」



何を言われるんだろう、と姿勢を正す純に構わず、弘貴は押し入れから座布団をもう1枚引っ張り出してきて純の対面に胡座あぐらをかいて座った。



その際、楽にしてていいよと言われ、少し悩んだが純も同じように胡座をかいた。



「純君には、ちゃんとお礼を言いたくてね」



少し遠い目をしてそう切り出した弘貴に、沙那の送迎のことではないと純は察した。



「あの時は、沙那を助けてくれて、守ってくれてありがとう」



“あの時”とは――それがいつなのかを、純は瞬時に理解した。

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