第52話

広い客間に案内され、純は勧められるがままに奥の席に座り、沙那もその隣の席に着いた。



紙袋から出して差し出した水まんじゅうを受け取った幸江は、お茶の準備のため嬉しそうな表情で一旦下がった。



「……ふぅ」



純は無意識にほっと息をついた。



格式の高い家での手土産の作法。



知識として覚えてはいたが、実践するとなるとやはり緊張する。



「何か気を遣わせちゃったみたいで、ごめんね」



いつもとは様子の違う純に、沙那はそっと声をかけた。



純は慌ててかぶりを振る。



「いや……俺が勝手にしていることだから」



純がそう答えた直後、



「沙那〜! 帰ったんだって〜!?」



閉まっていたふすまが勢いよく開き、渋い焦げ茶色の着物姿の男性が乱入してきた。



この家のあるじであり、沙那の父でもある如月 弘貴ひろき



「……むむっ、男連れ!」



純の存在に気付いた弘貴は、純を鋭く睨みつける。



「前にも言ったが、俺は君と沙那の関係を認めはしないからな!」



弘貴に堂々と指を差され、



「……」



純は傷付いたように俯き、



「ちょっ、お父さん!」



沙那は慌てて立ち上がる。



と、その時、弘貴の背後から伸びてきた右手が、弘貴の着物の首の後ろ部分を掴んだ。



「ぐえっ」



そのまま後ろに引きずられ、弘貴の喉からカエルが踏み潰されたような声が漏れた。



「あなた! 純ちゃんに失礼なこと言わないでよ!」



左手にお茶の用意の載ったお盆を持ち、右手で旦那の首根っこを掴んだままの幸江が、右手に更に力を込めた。



「ししし、死ぬ死ぬ死ぬ!!」



なんとか妻の拘束から逃げ出した弘貴は、



「……え? 純……君?」



涙目で純の方を見た。



「はい、桐生 純です。ご無沙汰しております」



純はすっと立ち上がり、うやうやしく頭を下げた。

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