君から貰った花束

第9話

　美味しい料理に幸せな気分でいると、後ろから声をかけられてもう一度口に運ぼうとした手を止める。

「──結希？」

　聞き馴染みのある声音に振り返ると、そこにはジーンズにYシャツと言ったラフな格好の晴樹が立っていた。

「なんだ、奇遇だな」　

「え、なんであんたがここにいるの？」

「決まってるだろ。ここ“お気に入り”の場所」

「え！？　じゃぁ、もしかしてあの人が例の人？」

「おう。まさかこのカフェを見つけるとはな。結希はデートか？」

　晴樹の返しに反応したのは美菜だった。

「デ……！？」

「冗談だから大丈夫よ。普通にゲームセンターとか行って遊んでただけよ」

「お前がゲームとか珍しいな。隣の子、確か受付けにいた子だよな」

「そうよ。高槌さんが迷惑かけてた子」

「あぁ……。その節は申し訳ない」

「いえ！　結希さんが助けてくれたので！」

　晴樹と美菜の会話に、お互い初めての顔合わせなことを察した結希は美菜を振り返った。

「紹介するわね。同僚の高緑晴樹。ゲーヲタよ」

「おい。なんだそれは」

「鈴原美菜です。私もゲーム好きで、普段はどんなゲームされているのですか」

「PSPの『ドラゴンハンター』だな。鈴原さんは何のゲームをしてんの？」

「私はホラーとか格闘技系をしてて。でもドラハンやってます」

「え、そうなんだ。じゃぁ、一緒にやる？　チームプレイ。あ、今PSP持ってる？」

「えっと、持ってはいるんですけど……」

　ちらりと視線を送って来た美菜に、結希は「良いわよ」と言う。

　もともと、一緒にゲームをしてくれる友達がいないと言っていた美菜に、結希はいつか晴樹に会わせてあげたいと思っていた。

　せっかくだからこの機会で遊んで欲しい。

「いつか紹介するつもりだったし。──でも、食べ終わってからね」

　晴樹は結希の隣りに座ると、「仲良いな」と囁いた。

「色々と、どこかのおじさんがやらかしてくれたお陰でね」

「ハハッ！　あの人らしい」

「らしいじゃないわよ。晴樹はこの店いつ見つけたの？」

　そう質問すると晴樹はここのカフェと店員との出会い話を聞かせてくれた。結希は相槌を打ちながら食事を進めていると、隣りの美菜は黙々とスパゲッティを食べていてあっという間に完食していた。

「ごちそうさまでした」

「おぉ、早い」

　小さく拍手すると、晴樹が立ち上がる気配がした。

「んじゃ、やるか」

「よろしく」

　そして晴樹も美菜も鞄からゲーム機を出すと、晴樹が美菜の隣りの席に移動して、早速ゲームの話しをしていた。

　その間に結希はウェイターを呼んで、食後にと注文していたデザートと同じ飲み物のおかわりを頼む。晴樹もデザートを食べに来たようで、一緒に注文してた。

「いつものパフェよろしく」

「分かったよ」

　流石、常連客になっているだけあって“いつもの”で伝わっていることに感心していると、ふと、ウェイターの名札が見えた。

　「社」と書かれた苗字に珍しいなぁと思いながら目で追うと、他の客に見せている笑顔に結希は視線を晴樹に移す。

　どうやら関係性はかなり深まっているらしい。客に向けていた笑顔よりも、晴樹に対して見せた表情の方が、人間味がある。

　どこか邪険にしつつも、砕けた笑顔は年相応の顔つきになっていた気がする。

　来るまでの合間、ゲームをする晴樹と美菜。真剣な顔つきに結希は、美菜の新しい一面を見れたようで、それだけでこの一人の時間も楽しく思えた。

　三人分の飲み物を運んで来た社に礼を言うと、少し会話をしてみたくなって話しかけてみた。

「あの。晴樹って店でもゲームしているんですか？」

「えっ──？　あ、いえ、ゲームは初めてですね。している所を見たことなかったです」

「へぇ」

「結希、変なこと話すなよ」

「話さないわよ。社さんは休日どんな風に過ごされてます？」

「わたしですか？　新作メニューとか考えるので家で料理することが多いですね」

「あぁ、そっか。そうですよね。でも、インドア派なら晴樹と相性良さそうですね」

　そう返してみると晴樹も、社も虚を突かれたように各々動きを止めた。それから社がチラリと晴樹に視線を向けて、一緒になって動じたことを知って微笑む。

「──そうかもしれませんね」

「ね」

「……結希、頼むから動揺させるなよ」

「知らないわよ。美菜ちゃんは晴樹とゲーム楽しい？」

「楽しいですよ！　誰かとするの初めてで協力プレイ出来てるか不安ですけど……」

「出来てる。もっと先も進んでみるか？」

「はい」

　美菜が有意義な時間を過ごせているようで安心した結希は、社に「引き止めてごめんなさいね」と謝ると、首を振ってからにこやかに言った。

「いえ。デザートはもう少しお待ち下さい」

「はぁい」

　それから二人の邪魔をしないように時々携帯を弄りながら様子を見ていると、ボス戦をクリアしたらしい二人が息ぴったりに飲み物を飲む様子に、結希は思わずブフッと吹き出していた。

「子供みたい」

「うっせ。鈴原、他のゲームもフレンド登録してくれないか」

「！　私で良ければお願いします」

　晴樹も美菜の腕前を認めたみたいで、結希は美菜に繋がりが出来て良かったと笑った。

　三人で仲良くデザートを食べ終えると、晴樹は閉店までいるようで、結希と美菜は先に店か出て帰ることにした。

「美味しかったねぇ」

「はい。また行きたいです」

「そうだね。今度は服とか買いに来たいな」

「その時も誘ってくれますか？」

「もちろん。──あ」

　その時になって、朝の車内のことを思い出した。

　せっかくおしゃれしてくれた美菜に思っていたことをちゃんとに伝えてなかったことに後悔に駆られた。

「どうされました？」

「今頃なんだけどね、今日の美菜ちゃんのワンピース似合ってる。優しい暖色系が普段よりも顔色を明るくさせて、可愛いね」

　その場で取り繕った感が否めないが、思ったことを口にすると、案の定、美菜はきょとんとした表情を見せた。

　黙っていると、隣りで静かに歩く美菜の頰が徐々に赤くなっているのが伺えて、揶揄いたくなるとをグッと我慢する。

「ありがとうございます……」

「ううん。伝わって良かった」

　駅までの距離を前見て歩幅を合わせていると、やっと平常心になったのか、美菜が少し前を歩き出した。

「先輩も、今日もすごく綺麗です！」

　開口一番のその叫びに、結希は胸を打たれる。　

　今日もと言ってくれたことが嬉しい。美菜に好感を持たれていたと分かるから。

　結希は胸の内の叫び出しそうな程の喜びを悟られないように、密かに抱き締めたい気持ちを堪えて、「ありがとう」と目尻を下げた。