第8話



 珈琲チェーン店の一件から美菜とは友達になり、何度か会ううちに待ち合わせるようになっていた。

 話しをしていて知ったことは同じ大学の卒業生だと言うこと。

 新卒採用者で、冬生まれの22歳らしい。

 美菜は兄と結希が同い年だと知ると、「お姉さんですね」と笑った。

 その笑顔が可愛いくて胸がキュンッと苦しくなったけれど、気持ちが傾き切ることはなく、どうにか平常心で入られている。

 一ヶ月も経つも夜の食事もしたりして、プライベートな話も気軽に出来るようになっていた。

 美菜は和風料理が好きみたいで、この前は結希が知る中で女性ウケが良く、定食も扱っている居酒屋に連れて行ったところすごく喜んでくれた。

 その時はお酒は飲まなかったけれど、「次に来た時は──」と約束をしてくれて来月あたりに誘ってみようと思ってる。

 携帯の写真フォルダに保存されている二つ定食の写真を見ながら思い出し笑いを溢すと、いつ間にか奏恵が側まで寄って来ていた。


「お待たせしました」


 結希が今いるのはテレビ局の3階にあるリフレッシュエリアだ。

 自動販売機が並んでいる休憩スペースにはいくつかのテーブル席があり、ビルの隙間から降り注ぐ陽射しが影を濃くしている。

 今は正午を過ぎたあたりで、きっと外は長袖の服装では暑いくらいだろう。

 顔を上げて奏恵の姿を捉えると、小さく首を振って携帯を鞄にしまった。


「待ってないわよ。それより三塚さんの見送りありがとう」


 結希と奏恵はカメラの心得がない。そのため、誰かの協力が必要になって来る。

 三塚さんは男性のカメラマンだ。会社には数人のカメラマンと、カメラに心得がある営業職の人が雑誌記載の写真を撮ることになっている。

 

「いえ。結希先輩はマネージャさんとのお話しは大丈夫でしたか?」

「大丈夫よ。日付け変更してくれたことと来てもらったことへの御礼だったから」

「なら、良かったです」


 座っていた椅子から立ち上がると、最終確認をする。


「写真の確認はした?」

「しました! 3日後に現像した写真も届けてくれるそうです」

「よし。じゃぁ、戻って記事の作成しようか」

「はい」


 テレビ局から出ると、結希と奏恵は途中で昼食をとってから会社の建物へと向かった。

 ロビーを通ると美菜と目が会って手を振る。すると美菜は軽く会釈を返して微笑んでいた。

 その様子に隣りで見ていた奏恵がエレベーターに乗り込んだ辺りで聞いて来た。


「最近、受付けの子と仲いいですよね」

「まぁね。家の近くの珈琲店で偶然会ってから連絡先交換して、それから何度か会ってるのよ」

「そうなんですね……。どんな子なんですか?」

「どんな子……。性格は見た目通りって感じかしら。優しくて、大人しくて。けど、趣味は意外なものだったな。奏恵ちゃんも気になるようなら紹介してあげようか?」

「いえ、この先まだ関わる機会はあると思うで」

「それもそうね」


 美菜と初めて会った高槌さんの一件を思い出し、結希はふっと吹き出していた。


「本当はもう少し仲良くなりないのよね」

「休日に遊んだりしないんですか?」

「……そうね、今度誘ってみようかしら」

「きっと喜ぶと思いますよ」


 きっと奏恵は私の後輩になった頃を思い出しているのだろう。休日ではなかったが、直帰の時に映画を観に行ったり、ショッピングもしたことがある。

 最近は会社に戻る日が続いているが、直帰のタイミングがあれば食事にいっている。

 電車の改札口を通り過ぎてホームで待っている間にアドバイスに従って美菜を休日に誘ってみると、直ぐに返事がきて、次の休みで昼間の時間帯に遊ぶことになった。



 ◇◇◇



 朝から連絡を取りながら一駅違いで同じ電車に乗ると、車内で合流した。


「伊波さん!」

「美菜ちゃん、おはよう」


 隣の車両からやって来た美菜は仄かに甘いピンク色のワンピース姿で、灰色のカーディガンを羽織っていた。

 小物はブラウン色に統一されているようだ。

 肌白い美菜にぴったりなコーデにときめいて、胸が躍る。


(服も可愛い……)

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 そう言って会って早々、礼儀正しく頭を下げる美菜に、普段着が見れたことに感動していた結希は苦笑いを零いた。

 

「硬いことは考えずに楽しく過ごそうね。そのためにまずは、名前で呼んでもらいます」

「え……!? 名前でですか……」

「そうよ。みんなからはユウ先輩って呼ばれてるけど、美菜ちゃんはどうしようか」


 先輩でも、同じ部門じゃないしなぁと、悩んでいると美菜が照れくさそうに頬を赤らめながら呟いた。

 

「えっと……。じゃぁ、ゆ、結希さん……でも良いですか」


 勇気を出して呟く美菜に、結希は「いいね!」と頷いた。すると、美菜は花が咲くように照れ臭そうに微笑んむ。

 口には出来ないが本当に結希の好みをドストライクに貫いてくるものだ。

 ゲームセンターに着くと、最初に音楽ゲームやシューティングゲームを楽しんでいた。

 その後はバスケットボールのシュート数で対決して身体を動かしたりして一緒の時間を過ごす。

 美菜は普段から家で遊ぶだけじゃなく、偶にゲームセンターでも遊んでいるようで、新しいゲームを教えてくれた。

 気づいた時にはあっという間に時刻は1時を指していて、結希は美菜を連れて調べていた近くのカフェで休憩することにした。

 木造建築の一軒家を改装したお店らしく、観葉植物が至る所にあり、和らぎの空間が広がっているカフェは最近できた所らしいが、SNSではかなりの好評ぶりで、直ぐにここで昼食を取ろうと決めた。

 入店すると扉に付けられた鈴がチリンチリンと涼し気な音を鳴らした。

 それから間もなく一人のウェイターが迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか」

「はい」


 メニュー表を持って現れた男性は、ボストン眼鏡を掛けたパーマの掛かったヘアスタイルのウェイターで。優雅さのある大人な雰囲気を漂わせる人だった。

 

「只今テーブル席が満席で、カウンターでしたら直ぐに案内できますが、いかがしますか」


 そう聞かれて、結希は後ろにいる美菜を見る。

  

「美菜ちゃんカウンター席でも良い?」

「大丈夫です」

「では、カウンター席にご案内しますね」


 カウンター席には小瓶に挿された花が彩りを持たせていて、初めてでも緊張感せずに過ごせる空間が保たれていた。

 貰ったメニュー表から料理を選ぶと注文する。時間をおかずに飲み物が運ばれて、料理が来るまでの時間を話しをして待っていた。

 

「そう言えば高槌さん……、例のおじさんとは大丈夫?」

「あ、はい。先輩と結希さんのおかげで打ち解けました。高槌様、来るたびに面白い話をされて行かれて。最近は結希さんのことについて良くお話されてるんですよ」 

「私!?」

「はい。それで、ずっと気になっていたんですけど、高槌様とはどう云ったご関係なんですか?」

 

 まさか関係性を聞かれるとは思ってもみなくて、頭を抱える。

 

(あのおじさんは、一体何の話しをしてるのよ!)


 ややこしい話を美菜に聞かせていることを知って項垂れる。


「関係となるとちょっと複雑なのよね。あ、不倫とかじゃないからね。断じて」

「大丈夫です。ちゃんと分かってます。けど、主に大学の頃だったり、お家でのことを話されるんですけど、同じ家に住んでいるんですか?」

「本当、余計なことを話してるのは良く分かったわ……」


 大学と家の話しをしてるなら、ちゃんと話してあげた方が良いだろう。

 結希は「うーん」と唸ると、いつの頃から話そうかと頭を悩ませた。

 

「一時期ね。大学生頃に精神的に追い詰められた時があって、その時に高槌さんが保護してくれたの」

「保護、ですか……?」

「夜中に出歩いたりとか、色々ね」


 この話はあまり人様に言いるような話じゃない。

 楽しい話しではないし、自身も面白おかしく出来るような話でもないからだ。


「だからね、高槌さんはもう一人のお父さんと言か、祖父と言うか……。親戚の人みたいなものかな。保護された先の家で奥さんに話を聞いてもらってからってからは立ち直ったからもう闇期は卒業してるけど、黒歴史過ぎて誰かに言えた話じゃないのよね。高槌さんには感謝してるけど、話し聞かせるような話題じゃないのよ」

「そうなんですか? 高槌様はとても楽しそうでしたけど……」

「まぁ、確かに楽しかったでしょうね。孫娘の存在が出来て喜んでたし、毎日揶揄って来たんだから」

「ふふっ、結希さんと高槌さんのいる家庭は楽しそうですね」


 何を想像したのか、クスクスと面白そうに笑う美菜の反応に結希は驚いていた。


「想像できたの?」

「はい」


 そんなに高槌さんと仲良さそうに見えるのだろうか……。少し複雑な感情を抱えつつも、暗い話しになってないならそれでも良いかと安堵する。


「高槌さんの会社にね、特別にアルバイトさせて貰ったこともあったのよ。お陰で今の出版会社に務めてみたいなって思えたのもその頃だし。良い出会いなのは確かね」

「アルバイトされてたんですか? 高槌さんの会社って大手化粧品メーカーですよね」

「そうよ。新商品のお試しモニターもしたけど、バイトは事務職の方。色んな部署があって新鮮だったな」

「楽しそうですね!」

「詳しく話そうか? あまり覚えてないから3つくらいしかエピソードないけど」

「聞きたいです!」


 それから過去の記憶を掘り返して高槌夫婦とアルバイトでの話しをしていると、丁度良いタイミングで料理が運ばれてきた。

 注文していたデミグラスソースのオムライスとミートスパゲッティがテーブルに並んだ光景に、「美味しそうだね」と興奮した様子で目を合わせた。

 記念に写真を取ってから手を軽く合わせて「いただきます」と言ってからオムライスを口に運ぶ。

 濃厚なソースにこれはイケると、何度も頷いてしまう味に来て良かったと思った。



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