第7話
栗色のショートヘアの後ろ姿を見つめていると、俯いていた彼女が顔を上げて手元に置いていたコップを口付けた。
タイミング良く動いたことで、結希は少し身体をずらすとその横顔が見られた。
想像していた通り、鈴原さんに似ていた。本人かどうかは横顔だけでは確証が持てない。
店内にいる彼女の手にはゲーム機が握られていて、落ち着いた雰囲気の彼女からはあまり連想出来ない物だったから。
けれど、友人である晴樹だって趣味がゲームとは思えないような大層な顔立ちをしている。
容姿からは趣味を特定出来ないので、彼女が本当に受付嬢の鈴原さんなのか半信半疑で確証が持てず、話し掛けるのを躊躇った。
店員に呼ばれて飲み物を渡されると、最後にもう一度、栗色のショートヘアの彼女に目を向ける。
すると向こうもこちらを見ていたらしく、視線がぶつかって思わず立ち止まった。
結希の身体が固まったように、彼女──鈴原も硬直していて、やっと確証を得た結希は笑顔で手を上げた。
鈴原からは会釈で反応が返って来て、結希は座っている窓際のカウンター席へとゆっくりした足取りで近寄った。
「こんにちは」
「こんにちは」
「奇遇だね。誰かと待ち合わせてる?」
「いえ! 一人です!」
「じゃぁ、隣り座っても良いかな」
「ど、どうぞ……!」
慌てた様子で隣りの椅子を指す鈴原に結希は隣りに座った。
仕草からは動揺しているのが伺える。顔見知りだからと油断していた結希はその戸惑っている様子に、何を話そうかと迷った。
悩んで頭の中に浮かんでいた幾つかの質問の中から、少し踏み込んだ言葉を掛ける。
「鈴原さんもこの近くに住んでるの?」
「いえ。わたしの家は電車で1駅隣りです」
鈴原のあまり深く考えずに結希は「そうなんだ」と頷いたが、ふと違和感に気づく。
「この店って最寄り駅から少し逸れてなかった?」
結希にとっては目の前の道が通勤で使う歩道だが、会社から駅へ向かう道からは逸れている。
その為、電車通勤の人は滅多に立ち寄らない場所だ。
「はい……。その、ゲームをしに来てて」
「へぇ、そうなの」
確かに鈴原の手にはゲーム機が握られているし、アイテムフォルダのような画面が映し出されている。
「家でやらないの?」
「わたし実家住みなので、兄妹がいるんです。だから集中して出来なくて」
「あぁ、なるほど。実家にいると一人になれる時間が少ないもんね。あたしの友達にも、ゲームする為だけに一人暮らしするヤツがいるくらいだし」
「すごい。羨ましいですね」
「あはは! 鈴原さんもかなりゲームに入れ込んでるね」
「あっ……!」
パッと口元を抑えた鈴原さんのその反応に私は首を傾げた。
まるで言ってはいけないことを口にしたような驚きようだ。
「どうかした?」
すると鈴原は、「その……」と言って俯いた。
話しだすまで何も言わずに待っていると、話しても大丈夫と思ったのか顔を上げる。
「ゲームにハマっていること、内緒にしてもらっても良いですか?」
「え。まぁ別に良いけど……」
「ゲームをやっているがバレると距離を置かれることが多くて、会社の人には知られたくなかったんです」
どうやら鈴原は周りの目を気にしているらしい。
口ぶりからして過去に女性がゲームをしてるからって邪険にしていた人がいたのだろう。その時の事を思いだしているのか、目の前の彼女からは元気がなくなっていた。
(こんなに可愛い子を傷つけるなんて、一体どこの誰なのかしら)
一発平手打ちをかましてやりたい気分だ。
「やっているゲームがあまり女性向けのゲームじゃなくて。男性が多いんですよね」
「男性向けのゲームってどんなのがあるの?」
「……ホラーとか、格闘とか。……ドラゴンを狩るものとか。友達に見られると引かれるものばかりみたいで……」
ホラーに格闘技。出てくる単語は確かに、どれも女性向けとはいえないものだ。見た目からの印象はまるで違う。
だからと言って鈴原を避けるようなことはしないが、清楚な感じが可愛いくて狙っていた男性にとっては残念でならないのだろう。
「だからお願いします! 他の人には言わずに、黙っていてくれませんか!? その代わりに何んでも聞くので!」
そんなに必死にお願いするなんて驚いた。
結希は別に誰がゲームをしていようと誰にも言わないのになと、肘をついて掌に顎を乗せる。
「……ブフッ!」
鈴原さんの言葉に思わず吹き出た。
「──!?」
お腹を抱えて笑うと何が起きたのか分からない顔で戸惑っていた。
「あ、ごめんね。漫画で良くあるセリフだなって思って」
「……あ! そうですね」
初めて笑った顔を見てあたしはドキッとした。
(あぁもう、可愛いなぁ。ゲームヲタクって云うギャップもすごく良い)
緩んでしまった口元を隠すように手で覆うと、緩んでしまった頬をどうにか元に戻してからやっと姿勢をもとに戻せた。
「ねぇ、鈴原さん」
ここは漫画ぽくムードのあるお願いでもしちゃおうかしらと、いたずら心が湧いてくる。
「さっそくだけど、お願い聞いてもらってもいいかしら?」
テーブルに乗せていた手を下から鈴原の顔に手を伸ばして髪に触れる。
梳くように撫でると柔らかい髪の質感にすっと指先が通った。
「は……、はい!」
身構える鈴原に緊張してることが伝わって来てクスッと笑ってしまった。
「──連絡先交換しない?」
そう言うと鈴原さんは目をパチパチさて固まった。
(……ムードあるお願いなんて言えるわけないわ)
普通のお願いにきょとんと呆気に取られていた鈴原が聞き返してくる。
「れ、連絡先ですか?」
首を傾げる鈴原にあたしは笑いながら頷く。
「そうそう、連絡先ほしいの。どうやらこれから仲良くなれるみたいだし」
「あ、はい! わたしからもお願いします」
微笑む鈴原さんは緊張が緩和させれたのか肩を落とした。
「何言われるかドキドキした?」
揶揄うようにあたしが聞くと鈴原さんは笑った。
「ドキドキしました!」
頬を赤らめる鈴原に少しはムードと云うものが再現できたかもと嬉しく思う。
どうやら、いたずらは成功したようだ。
「いったい何を考えてたのかなー?」
「え!? な、何もですよ!」
「えー、ホントにそうかな」
「本当です!」
そんなムキになる方が余計怪しいんだけどね、と笑う。けど、これ以上揶揄うのはやめておこう。
「なら連絡先交換しよっか!」
「はい!」
携帯を取り出すと、番号やラインを交換して少しお喋りを楽しんでいた。
それから30分もすると鈴原はいつも乗る電車の時刻に迫ったようで、一緒に店から出て別れた。
家までの帰り道を歩きながらあたしは名前を呟く。
「鈴原美菜ちゃんか……」
連絡先を交換した時に教えてもらった名前を囁いてみる。
とても可愛い名前だと思う。
(今日はラッキーな日だったな……)
家に帰って来るとまた連絡が来たようで、誰からだろうと確認すると、別れたばかりの美菜からだった。
返事をして、おやすみスタンプを送る。
「……困ったな」
美菜がどんな気持ちで仲良くしてくれるのか、結希には分からない。
けど、彼女の仕草や言動に心を惹かれていることを自覚していた。
「ノーマルな人とはもう付き合わないって決めてたのにな……」
そう呟いてから携帯をテーブルに置いて、キッチンへと向かった。
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