第二章 ギャップ
第6話
昼食先のカフェレストランから戻って来ると受付けにいた彼女と目が合った。
結希が小さく手を振ると微笑んで会釈して来て、横にいた先輩と楽しそうに話しだす。
どうやら教育係の先輩は結希と同期生の人だったらしい。彼女の横にいる女性_間野麗子とはプライベートではあまり関わり合いはないものの、飲み会では良く話しをする仲だった。
どんな話しをしているのかは分からないが、麗子から結希の話しを聞いて少しは親近感を感じてくれたら良いと思う。
そしたら、メールくらいはくれるかもしれない。──なんて、あまり期待しない方が良いのだろう。
まず年齢差に加えて、業務内容がまるっきり違うし、知り合ってまだ一日も経ってないのだ。
それに名刺を渡した時も、結希は「何かあったら」と言った。
真面目そうな彼女のことだから何かあるまで連絡はしてこないだろうし、例え連絡をくれたからといっても、助けてもらったことへの御礼であって、親しい関係になれないことは分かってる。
(彼女はノーマルで異性愛者。女性同士で付き合うなんて想像できないだろうな)
結希の恋はいつだって不毛に終わる。同性愛者である以上仕方のないことかもしれないが、報われない想いだと思うと、無性に悲しくなる。
♢♢♢
オフィスへ戻って来るとまだ終わってない作業を進め、終業時間の夕礼で午前中の会議で話し合ったことをまとめた紙を配り、口頭で詳しく報告した。
夕礼が終わると帰る人や残業する人でオフィスは別れる。結希たちの班は今月は締め切りまでに余裕があり、各々帰り支度をはじめていた。
明日の業務予定は外回りだ。撮影所や取引先へ営業しに各所を回るため、忘れ物がないように必要なものを机上に一式揃えておいてからフロアを後にした。
エレベーターへ乗り込むと携帯を取り出して通知を確認する。
新着メールはなく、彼女からの連絡はないことに肩を落として携帯を鞄にしまった。
「……バカだなぁ」
来るはずもない人からの連絡をいつまでも待ち侘びていることに結希自身でも呆れてしまう。
大学生の頃に失恋してから、恋愛なんてもう二度としないと、今までずっと仕事に集中していた。
それなのに、外見が好みだからと絡まれている所を助け、ふわりと笑う表情に一目惚れしてしまったなんて、あと何度振られたら学習するのだろう。
早く見切りをつけて、同じ性癖の人から好みの子を見つければいいものの、結希がいつも目に留めるのはノーマルの人だった。
「……ワンナイトでもしようかな」
一目惚れと言うのは厄介だ。深入りしてしまう前に、まだ引き返せるうちに、他の誰かで上書きした方が良いような気もする。
顔を出すだけでも久しぶりに馴染みのBarに行ってみようかと迷う。
大学生の頃は同類の集まるBarに良く行っていた。
偏見の持たない人たちに囲まれている空間は息抜きをするにはピッタリの場所で、初めての夜の相手とも出会えたし、遊び方も、夜のリードのし方も常連のお姉さんたちが教えてくれた。
(最後にBarに行ったのはいつだっけ……)
大学を卒業する少し前から通う頻度が減っていて、今の会社に内定してからはめっきり行かなくなってしまった。
──とは言え、今の感情のまま店に行っても都合の良い相手とは巡り会えないだろう。それに、誰かを忘れるために他人と過ごす虚しさも結希は既に知っているのだ。
今出来るのは、当たらず触らずに過ごして、下心が消滅してくれるの待つしかない。
彼女からの連絡がないと云うのも、ただ縁がなかったのだと思えば諦めもつく。
チーンとエレベーターが1階に着いた音が鳴ると扉が開いて歩き出した。
エントランスへ向うと無意識に彼女がいないか視線で確認していることにハッと気づいて、自身の行動に我に返った結希は内心でツッコミを入れた。
(私よ、女々しいことはするな……)
就業時間が過ぎてる受付けに誰もいるはずはなく、素通りして毎日通っている帰路に着く。
例え彼女がまだ会社にいたとしても、結希が話しかけるとしたら挨拶をするだけになるだろう。
あまりにフレンドリー過ぎて相手に引かれるのは嫌なのだし、今は同じ性癖の同性愛者以外の人とは特別な関係になりたいなんて望んでない。
けれど、恋人関係とまではいかなくても、友人関係くらいには仲良くなりたいとは思ってる。
会社のビルを後にすると、駅のある方角へと歩いた。
結希が住んでいるアパートは大学生の頃から変わりなく、徒歩1キロ圏内の場所にある。最寄り駅も近くて住み心地も悪くない建物だ。
家に帰ったら何をしようか考えていると携帯が震えた。開くと彼女の先輩である間野からメッセージが届いていた。
そのメールには彼女に代わってお礼の言葉が綴られていて、そこから彼女の苗字が知れた。
鈴原と書かれた文に対して結希はサッと返事を書いて、返信を終わらせる。
アパートへ向かう途中にある珈琲チェーン店が見えてくると、入り口にあった新発売の商品を紹介している看板が目に留まって足を止める。
(桜香る。ベリーミルクフラペチーノ……)
「……うん、買って行こう」
看板に書かれたキャッチフレーズで食指が動いて、結希は店内へと入って行った。
新作を注文して飲み物が出来上がるのを受取場の端に寄って待っていると、ふと何気なく店内を見渡した時に知り合いぽい姿を見つけた。
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