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 翌日、ルシアは大会議へ出席するために会議の間に入る。

 おそらく、オリヴィアとイザベラはルシアをにらんでいるだろうけれど、ルシアはそれをわざわざ確かめたくなかった。


「今年の作物のしゅうかくりょうと来年の税率についてですが……」

 

 ルシアは昨夜、大会議で使われる資料を読んでおいた。

 六歳のときからアルジェント王国で王妃教育を受けてきたルシアは、アルジェント王国の政治には詳しい。けれども、フォルトナート王国についてはなにも知らないも同然だ。


(せめて会議の内容ぐらいは理解できるようにしておかないと)


 ルシアはわからないなりにできる限りのことをしたけれど、朝からずっと緊張していた。

 しかし、議題になるものはどこの国も同じなのだろう。

 地名や数字は違っても、出てくる問題は見聞きしてきたものばかりだ。


「チェルン゠ポート周辺の海洋権域をもっと強固に主張すべきです! 領海しんぱんした船をようしゃなくしずめなければ、我が国の領海での密漁は防げません!」

「大規模な密漁に関しては、海軍が取り締まるべきでしょう。しかし、小規模なものは沿岸部の漁師たちに自衛させるべきでは? 海軍の予算はどう増やすんですか?」


 どこかの予算を増やせば、どこかの予算をけずらなくてはならない。

 貴族たちは自分に関わる予算を削らせたくないので、自分の抱えている問題がいかに深刻なものかを訴える。


(海……)


 ルシアの婚約者アレクサンドルは、かんの港町が好きだった。

 どこまでも果てしない青色をながめてはすごいと言い、喜んでいた。

 ――これから海の時代がくる。ルシア、海を渡れば遠くの国と貿易ができるんだ。

 身体が弱くてベッドの上にいなければならないことが多かったアレクサンドルは、国の未来のためになにをしたらいいのかをいつだって考えていたのだろう。


(私はその話を聞くことが好きだった。きっとアレクなら……)


 海洋都市チェルン゠ポートの港を整備し、寄港するときに通航料をはらわせる。

 そして同時に、通航料を払った船は通航料を払っていない船――……かいぞくせんを見かけたら、フォルトナート王国の領海内でも海賊船のつみりゃくだつしてもいいことにする。


(異国の船から通航料をもらい、異国の船に我が国の海の番犬をさせる。こちらの海軍の軍事力を強固なものにするまでは、異国船を利用すべきだわ)


 通航料を払った国の船は、許可なく通っていく船の存在を許せないはずだ。絶対に海賊船の積荷を奪い取りたくなる。

 いずれは海賊船狩りを目的とした船も出てくるだろう。海賊をらえてほんきょを暴き、ため込んだ金品を奪い取るといういっかくせんきんを狙う者も出てくるかもしれない。


(……私はなにを考えているのかしら。国政に関わることなんてないのに)


 ルシアに用意された未来は、国王によって決められた結婚か、修道女のどちらかだ。そこにルシアの希望は反映されない。

 それでも、『もしも』をふと考えた。

 ――もしも、あたえられた未来ではなく、自分の希望で未来が選び取れるのなら。

 ルシアは『自分の希望』を考えてみて――……なにも出てこない自分にあきれる。

 自分の人生は、常に与えられてきた。王位継承権争いから早々に外されたことも、他の国の王妃になることも、このあともそうだ。自分の希望なんてものを考えても無駄だったから、人生を自由に選び取ってもいいと言われたらこんわくしてしまう。


「……それでは、大聖堂の修復の件です」


 ぼんやりと自分の未来について思いをせていたら、いつの間にか議題が変わっていた。

 ルシアは慌てて気を引き締め、昨夜読んだ資料を思い出す。


(大聖堂の修復……。たしか、らくらいとうの部分が折れたのよね?)


 当然、修復作業が行われる。国は教会側にそのための寄付を頼まれたので、どのぐらい寄付するのかを決めることになった。


「五〇〇〇万ギルはいかがでしょうか? 大聖堂がぜんしょうしたときは一億二〇〇〇万ギルを寄付したという記録があります」

「塔の部分だけなのに五〇〇〇万ギルも出すのは、流石に多すぎでは?」

「いや、もっと出した方がいいでしょう。教会との関係が悪化していましたから」


 ルシアは、教会との関係が悪化しているという話を聞いて驚いた。それは資料にも手紙にも書かれていなかった話だ。


「……教会との関係改善に関しては、ホフマン侯爵が責任を取るべきでしょう」


 ティラー侯爵の発言のあと、ホフマン侯爵の表情が変わった。

 ルシアは、イザベラがティラー侯爵をにらんだことで、おおよそのことを理解する。


(教会との関係悪化は、『第二王妃』のせいだったのね)


 神の教えでは、一人の夫と一人の妻が共に助け合っていかなければならない。

 しかし、国王にはぎが必要なため、側室という制度がもくにんされていた。


(側室は神に認められていない妻で、教会が関わる公式行事に参加できない。だから陛下は、ようやく生まれた王子をどうしても『王妃の子』にしたかった)


 エドワードは、ティラー侯爵の娘である王妃フィオナの子『第二王女オリヴィア』と、ホフマン侯爵の娘である側室ベアトリスの子『第一王子シモン』に、王位継承権争いをさせたくなかった。

 この王位継承権問題を回避するために、側室ベアトリスを第二王妃ベアトリスにするという決断をしたのだ。おそらくそのときに、教会とかなり揉めたのだろう。


「第二王妃の一件は、陛下がお認めになられたことだ。我々は一致団結して教会との関係改善をはかるべきだろう」

「では、王子を失ってしまった第二王妃は、すぐ側室に戻るべきだ。違うかね?」


 教会への寄付をきっかけに、ティラー侯爵とホフマン侯爵の戦いが始まる。

 話し合いの内容は寄付金の額についてではなく、王妃問題についてになってしまった。


(寄付金の額を今日中に決めることは無理そうね)


 もうしばらくしたら、この話はまた次にという展開になるだろう。

 ルシアは表情を変えずに『寄付金についてはまた後日』という言葉が出てくるのを待っていたけれど、不意に話のほこさきがこちらへ向いた。


「ルシア第一王女殿下、どうすべきだと思われますか?」


 さいしょうであるクロード・アシュフォード公爵がルシアに発言をうながしてきた。

 ルシアは、なぜ自分の意見が求められているのだろうかと不思議に思ったけれど、すぐに納得する。


(ああ、どちらにつくのか決めろということね)


 中立を選んでそうほうににらまれるのか、それとも片方についてもう片方ににらまれるのか。

 ルシアはすぐに自分の道を選んだ。


(私はどちらにもつかない。……陛下が迷われている今、帰ってきたばかりの私がこの政局を引っかき回すわけにはいかないわ)


 先に『こちら側についてほしい』とエドワードから頼まれていたら、ルシアはそうしただろう。しかし、そのような話はなかった。


「教会との関係が悪化しているのであれば、関係改善を試みるべきでしょう」


 ルシアの発言に、ティラー侯爵はにんまりと笑う。こちらについたと思ったのだ。

 そして、ホフマン侯爵はにくにくしげにルシアを見てきた。

 ルシアは「どちらでもないわよ」と心の中で教えてやる。


「私は国王陛下の長女として、教会に三〇〇〇万ギルを寄付しようと思います」


 大金の寄付をあっさり言い切ったルシアに、誰もが驚く。

「えっ?」と声を上げた者も、口をぽかんと開ける者もいた。

 ルシアは皆が落ち着くのを待ってから、わざとらしくにっこり笑う。


「大聖堂の塔の修復作業が終わったあとのミサには陛下と共に出席し、大聖堂の修復かんりょうを見届け、神に感謝の祈りをささげるつもりです」


 王女がエドワードと共に行動したら、特別な意味が生まれる。国王が『次の女王候補として有力である』と示したことになるからだ。


「それは……!」

「いやいや、キースはくしゃくにそこまでの負担をおかけするわけには……」


 ルシアの母方の祖父で、多くの事業を手がけているキース伯爵ならば、まごむすめのために三〇〇〇万ギルを迷わず出すだろうと誰もが納得した。

 けれどもルシアは、皆の想像が誤っていることを教える。


「キース伯爵のえんは必要ありません。私個人からはらいます」


 そんな金はどこから……と誰もが思う中、何人かは「あっ!」という顔をした。

 ルシアはこれでも〝グリーンウィックおんなだんしゃく〞だ。

 管理は祖父のキース伯爵に任せていたけれど、その土地の税収はきちんとルシアのものになっている。


(先代王妃殿下は病にたおれた私の母を気遣い、美しい湖の近くでりょうようするようにとグリーンウィックを譲ってくださった。母が亡くなったあとは、母のゆいごんによって私にグリーンウィックが譲られた)


 エドワードは、かげで生きることになった長女にせめてそのぐらいはしてやりたいと思ったのだろう。母の療養のために譲られたグリーンウィックをルシアに継がせてくれた。


「王女である私が寄付をすることで、教会の方々との関係を深めていけるでしょう」


 ルシアが教会に個人的な寄付をしたら、その分だけ国からの寄付金を減らせるし、教会と王家の仲を取り持つことにもなる。反対する理由なんてない。


(でも、ティラー侯爵とホフマン侯爵は反対したい。第一王女が次期女王かもしれないと誰にも言わせたくないから)


 ルシアは、ティラー侯爵とホフマン侯爵を寄付金の金額争いという戦いに引きずり出す。ここからはみにくい意地の張り合いになるだろう。


「……陛下、オリヴィア王女殿下名義で三〇〇〇万ギルを教会に寄付しようと思います。オリヴィア王女殿下にもミサに参加していただきましょう」


 ティラー侯爵は、この戦いに参加するしかなかった。ルシアに負けるわけにはいかないと、同じ額の寄付を宣言する。


「陛下! イザベラ王女殿下も教会に三〇〇〇万ギルを寄付します。これでイザベラ王女殿下もミサに参加する権利があります!」


 すると、ホフマン侯爵もすぐに張り合ってきた。


(いい流れね)


 ルシアは澄ました顔で思い通りの展開になってくれたことを喜ぶ。

 ティラー侯爵とホフマン侯爵が大金を寄付すると言い出した以上、それぞれのばつに属した他の貴族たちもそれに付き合わなければならない。

 彼らは仕方なく家の格に合った金額を寄付すると言った。


「では、大聖堂の修復完了を見届けるミサには、オリヴィアとイザベラとルシアを連れて行くことにしよう」


 エドワードは、想定外の金額が集まったことに驚く。そして、その流れを作ったルシアに感心した。しかし、それを顔に出さないまま貴族たちに「王女を平等に扱う」という意思表示をする。


「本日の大会議はこれにてしゅうりょう致します」


 宰相が会議の終了を告げると同時に、ティラー侯爵はオリヴィアの元へ行き、ホフマン侯爵はイザベラのところへ向かった。

 ルシアは自分の悪口を言われている気配を察したけれど、知らない顔をしておいた。

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