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 国王エドワードは、宰相クロード・アシュフォード公爵や侍従長ロバート・ウィア、女官長ハンナ・グダレスを集め、定期報告をさせた。

 ――四人の王女の中で、誰が次の女王に相応ふわさしいのか。

 クロードたちには、その判断材料を常に集めてもらっている。


「ルシアが戻ってきたことで、王女たちはどうようしているだろう。変わったことは?」


 エドワードはロバートの顔を見た。

 ロバートは、ルシア帰還後の王宮内の様子を語る。


「ルシア王女殿下のお部屋の前を、他の王女殿下の侍女や騎士たちがよく通っています」


 侍従長の言葉を善意だけでかいしゃくするのであれば、『妹姫たちはルシア姫を気にかけているようだ』になるだろう。しかし、悪意を入れて解釈するのであれば、『妹姫たちはルシア姫に嫌がらせをする機会をうかがっている』になる。


「ルシア王女殿下は、とてもそうめいでお優しい方です。部屋が水浸しになってしまったときも冷静に対応し、我々を気遣うこともしてくださいました」


 ロバートは、他の王女には使わない単語をルシアに使った。

 エドワードは、帰ってきた長女が素晴らしい貴婦人に育っていたことを喜びたい。しかし同時に、どうして王妃の子ではないのかとなげきたくなる。


「女官長は?」


 エドワードに促されたハンナは、昨夕の出来事を報告する。


「ルシア王女殿下は、アンナベル王女殿下に贈り物をしたそうです」

「……ルシアがアンナベルに? なにを?」

「レースのハンカチと焼き菓子です。ですが、アンナベル王女殿下は侍女にレースのハンカチと焼き菓子をしました」


 ルシアはアンナベルを気にかけてくれたけれど、アンナベルはそれを受け取らなかった。

 エドワードはふうと息を吐く。


「そうか……」


 ルシアとアンナベルは、王位継承権争いにまわされた者同士だ。エドワードとしては、押し付けるべきではないとおのれいましめる。


「ルシア王女殿下には、いつもお気遣いいただいております。とても心優しい方です」


 ハンナもロバートと同じく、ルシアを優しいと評価した。

 エドワードは、ルシアに惜しみなく使われる褒め言葉に複雑な気持ちを抱いてしまう。


「宰相は?」


 最後に、アシュフォード公爵の報告を促す。


「昨晩、ルシア王女殿下は大会議に必要な資料を用意してほしいと書記官に頼んでいたようです。私は朝方、ルシア王女殿下から資料についての質問をいくつかされたのですが、どれも深い見識がなければできないものでした」

「……」

「それから、先ほどの大会議での機転のかせ方は大変素晴らしかったです。最年長の王女としてのげんあっとうされました」


 教会への寄付金の金額を決める話し合いは、王位継承権争いに使われてしまい、本来の目的が果たせなくなりそうだった。

 誰もがため息をついていた中で、ルシアはあっさりと金額問題を解決してくれたのだ。


むすもルシア王女殿下のことをたたえておりました」


 宰相クロード・アシュフォードの息子は、未来の王配であるフェリックス・アシュフォード公子である。

 第一王女ルシアが帰ってくることを聞いたフェリックスは、ルシアを迎えに行きたいと言い出したため、エドワードはそれを許してやった。

 フェリックスは、王女たちによる自身の取り合いにうんざりしている。時には一人になる時間も必要だと思ったのだ。


「……そういえば、アシュフォード公子さまはルシア王女殿下のご友人になられたとか」


 ハンナは穏やかに微笑み、エドワードへ遠回しに「フェリックスとルシアは男女としてとても親密な仲になりつつある」という報告もする。

 今のところルシアとフェリックスは、友人として親しくしているだけである。けれども、美男美女の組み合わせであれば、本人以外はそこになにかあると思いたくなるのだ。


「……フェリックス・アシュフォードの話も聞きたい」

「承知致しました。息子を呼んできます。今日は王女殿下に挨拶をしたいと共にきていたので、おそらくどこかにいるかと」


 クロードはロバートに目配せをする。

 ロバートはすぐ部屋の外に出て、待機していた侍従に「陛下がフェリックス公子さまを呼んでいるので捜してほしい」と頼んだ。

 侍従はルシアと立ち話をしていたフェリックスをあっという間に見つけ、大会議の間に連れてきた。


「フェリックス・アシュフォードが参りました」

「入れ」


 国王の執務室のドアを開けてもらったフェリックスは、堂々と入っていく。


「国王陛下、ごげんうるわしく存じます」

「……挨拶はいい。フェリックス、ルシアと親しくしているそうだな」

「はい、そうです」


 エドワードの低い声に、フェリックスはひるまない。

 𠮟られるようなことはなに一つしていないという自信があるからだ。


「お前からルシアはどう見える?」


 フェリックスは、エドワードに呼び出された理由を色々想像していた。しかし、これは想定外の質問だ。驚きと共にそういうことかと笑いたくなる。


(彼女はいつだって振り回される側だ)


 人生とはそういうものだろう。自分だって自分ではない人に『未来の王配殿下』であることを決められた。

 それでも、ルシアの人生はいつも本人の意思をあまりにも尊重していなくて、気の毒に思えてしまう。


「ルシア王女殿下はご立派な方だと思います」

「立派だと思った理由は?」


 フェリックスは、自分の中にある〝ルシア王女殿下〞の表し方を考えた。


「ルシア王女殿下は、名女優です」

「……女優?」

「六歳までのルシア王女殿下は、『日陰に生きる王女』を見事に演じていました。アルジェント王国に留学してからは、『立派な王妃殿下になられる方』を。そして、帰国してからは『王位を望まない薄幸の王女』を演じてくれています」


 フェリックスはエドワードの顔を見ながら、唇のりょうたんを上げた。


「ルシア王女殿下なら、『女王陛下』も完璧に演じてくださるでしょう」


 今まで王女たちの王位継承権争いに口を出してこなかったフェリックスが、ルシアを女王にする未来を描いた。

 この場にいる者たちは驚きながらも、心の中で「ありかもしれない」と思う。

 アルジェント王国でのルシアの評判はとてもよかった。

 フォルトナート王国に招かれたアルジェント王室の者たちは、いつだって心からルシアを讃え、次の国王をしっかり支える最高の王妃になるだろうと喜んでくれていた。

 ――ルシア女王陛下か。長女という大義名分もある。王としての資質もある。これからその方向ですすめていくのもありかもしれない。

 ――あの方であれば、社交界も見事にしょうあくできるでしょう。使用人の使い方を心得ているし、皆が味方につくわ。

 ――人の心というものを知っていて、それを上手く利用できる力があるのは大会議で証明された。息子ともくやれそうだ。アシュフォード家が早々にうしだてになるのも悪くない。

 エドワードは、この場の空気が変わり始めていることを感じていた。

 しかし、それに流されるわけにはいかないと口を開く。


「ルシアを女王にすることはない。それはオリヴィアが生まれたときに決めたことだ」


 フェリックスは、エドワードの言葉を聞いて驚いてしまった。

 五人の王女の中で女王の適性を最も持つのはルシアである。皆も同意見のはずだ。

 それなのになぜ、と疑問の眼をエドワードに向けた。


「王の判断が誤りであってはならない。それは王のけんを下げてしまう」


 エドワードは、ルシアを王位継承権争いから改めて外した理由を述べる。

 フェリックスは拳を作り、ぎゅっと力を入れた。その通りだと納得してしまったので、王の判断をひっくり返すための言葉が上手く出てこなかったのだ。


「次の女王はルシア以外にする」


 エドワードの宣言に反論する者はいない。

 しばらくしたあと、クロードは口を開く。


「陛下、そう決めたのであれば、ルシア王女殿下を王宮にめ置いてはいけません」

 クロードは王の意思を尊重した意見を述べた。


「ルシア王女殿下を女王にと望む者は、これから増えていくでしょう。そうなる前に王宮から遠ざけるべきです」


 あまりにもルシアの気持ちを無視した発言に、フェリックスは声をあららげる。


「――他の国に差し出すと!?」


 フェリックスの非難に、クロードは「最後まで聞きなさい」と手で制した。


「しかしながら、ルシア王女殿下の才覚を国政に生かさないのももったいないと思います。の国に奪われれば、我が国の損失になります」


 婚約者を失ったばかりのルシアを、次の婚約者に押し付ける展開にはならなかった。

 フェリックスはほっとしかけたけれど、まだ安心してはいけないと己に言い聞かせる。


「ルシア王女殿下に、海洋都市チェルン゠ポートをお任せするのはどうでしょうか?」


 クロードは、ルシアにへんきょうはくという道を与える提案をした。


「チェルン゠ポートか……。ルシアが上手く統治したらどうするつもりだ?」

「上手くいけば、そのままずっと留め置くのです。任せられるのはルシア王女殿下しかいないと言い、『しんらい』という形でむくいるのです。逆に一度でも失敗したら呼び戻して、統治者に向いていないからグリーンウィックの領主に専念しろと命じましょう」


 ルシアに王都から遠いグリーンウィックかチェルン゠ポートで静かに暮らしてもらえば、王座に近づけなくなる。異国にとつげと言われるよりはまだいいだろう。


「……父上」


 フェリックスはそれでもあんまりだという視線をクロードに送ったけれど、クロードに無視されてしまった。


(ルシア王女殿下は婚約者を失ったばかりだ。それなのに今すぐ王宮から追い出すと!? ただ悲しむ時間も得られないのか!?)


 フェリックスは、眼の前で淡々と進められていく話に怒りを感じる。

 ルシアはゆうしゅうだ。優秀だからこそ、王宮からはじさなくてはならない。

 そのことはわかっている。だとしても……。


「わかった。ルシアにはチェルン゠ポート辺境伯領を与えよう」

ぎょ。幸いにも現チェルン゠ポート辺境伯であるガレス・ダンモアにはささやかな問題があります。それをのがす代わりに辺境伯の辞任をすすめましょう」

「ああ、たしかわいを受け取っていたという話があったな」


 少々の賄賂でおおさわぎしていたら、国政というものは成り立たない。

 しかし、普段は見逃される程度のものも、こういうときは利用されてしまう。

 フェリックスは、眼の前で行われる見事な『国政』に理解を示しながらも、心の中では納得できていなかった。


(ルシア王女殿下……。すまない、俺は君に優しくできなかった)


 フェリックスはルシアの笑顔も気持ちも大事にしたかったのに、願うだけで終わってしまう。

 ルシアはフェリックスのことを『王子さまみたい』と言ってくれたけれど、フェリックスはルシアの王子さまになれなかった。

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